[毎日更新中!毎日5分!] 東京ロマンチカ
白シャツ父さん
アパートにて
冬を殺そうと思った。
10世帯にも満たない2階建てアパートの階段を上がる。安物のスウェットは左ポケットに入れた鍵の重みで重心が取れていない。
今どきのアパートの玄関扉は鍵が2個ついているが、施錠をするのはいつも上の方だけ。
素早く部屋へ入るとサンダルの様にかかとが潰れたスニーカーを放った。郵便受けにチラシが入っていたようだがどうせ駅前の新規オープンのパチンコ屋だと思って無視した。
扉がしまった。この時差を早められないものか。
スニーカー様な物を抜ぐと、正面に申し訳なさげ程度のベランダへの出るガラスサッシが見える。
出来愛のペペロンチーノにペットボトルのコーラを入れたアンバランスな買物袋を入ってすぐのキッチンを通り過ぎ居間に運ぶと、膝丈高さのテーブルにドスンとおいた。
エアコンの風量を弱にしてもこの1kの部屋には強すぎる。高温の部屋に耐えられず、レースカーテンがへばりついた結露したガラスサッシをガラリと開けたが、殺意がわく寒さにまたすぐ閉めた。
金木犀が香った。
この金木犀の香りを他のものに比べて描写するのは愚か者がすることだ。
ベット裏のタコ足配線から延びる充電コードの先につながった携帯が震えた。
最近のアパートは壁が薄い事は周知の事実だ。
しかし、右隣の同じ大学生はマナーモードを知らない。頻繁に鳴る通知音に1度壁に向かって枕を投げつけてやろうと思ったが、次の日たまたま玄関出るタイミングが重なり顔を合わせると、オレンジのダッフルコートが似合う有村架純似の女子だったので会釈だけしたのはいい思い出だ。名前だけでも確認しようと帰りに表札を見たが名前は書いておらず、変色した厚紙がささったままだった。
大学生だし酔った勢いで押しかければチャンスはあるのかと思ってみたこともあったが、おしかける妄想初日に彼氏と部屋でオッパじめた時に東京は怖い所だと心底感じた。有村架純似だから清純派に見えてしまったのだ。もっとギャルっぽい感じでいてくれればあんな勘違いをせず済んだだろう。
携帯の通知は1件。
母から今年の正月は戻るのかみたいな1文だろう。
「だろう」というのは本文を開かなくとも携帯のディスプレイの通知に映る短い一行で内容は理解できたからだ。とりあえず無視した。
母からの連絡も近所のパチンコ屋のチラシも私には同じものだ。
ただ、買ってきたコーラの蓋を開けながら少し考えてみた。夜な夜なオッパじめる隣人の声は、実は下の階に住むのは私の様な惰性的生活を送る男子大学生で、ヘッドホンをつなぎ忘れたことによるアダルトビデオの音漏れだった場合、私は大変な誤解をしていることになる。
有村架純似の隣人は有村架純を投影したような清純派で実は彼氏はいない。
実はポストに入っているチラシは電気料金の料金未払いの督促状。
実は母からの連絡は父の具合が良くないという連絡。
一抹の不安を払拭する為、携帯の通知を開いた。
こんばんは。体の調子はどうですか?
今年の正月は帰ってきますか?
一抹の不安を払拭する為、ポストを開けた。
電気料金の督促状だった。支払い期限は今日。
慌ててさっき脱いだばかりのジャンバーを羽織直しスニーカーの様な物を履き外へ出ると鍵を上だけ締めた。
金木犀が香った。
階段をのぼってくる男女がいる。
有村架純似の女と、ネイビーのダッフルコートを羽織った男だった。頭はツーブロックで髪型をセットしたヘアリンググリースが光っていた。
こんばんは。
1言かわすと足早に階段を降りた。
コンビニに行く途中、絶えず金木犀が香った。
トイレの消臭剤の匂いだと心の底から思った。
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