二、ちょっと賑やかな食堂車

 お腹が空いたから、席を立って食堂車に向かう。車掌さんは確か四号車と言っていた。木製の扉を開けて、デッキを通り抜ける。あとは幌で覆われた部分を通り抜ければ、隣の列車に移れる。私が乗っている一号車と二号車では、ちょっと内装が違った。心なしか背もたれが分厚いような気がするのだ。色は同じ青色だけれど。

 二号車の後ろでトイレに寄って、それから三号車に移る。三号車の客室の扉には白い文字で二等車と書いてあった。入れば確かに一、二号車とは明らかに違うふかふかな椅子だった。当然誰も乗っていないわけだけれど、私の切符ではここに居座ることは出来ない。通るだけとは言え、居てはいけないような気がして、足早に客室を抜けた。

 食堂車、と書かれた扉を開けて食堂車に入る。左右に四人掛けのテーブルが並べられていて、どれも白い綺麗なテーブルクロスが掛けられている。つい数時間前に出発したばかりだと言うのに、もうあの喫茶店が懐かしくなってしまう。


「いらっしゃい! 食堂車へようこそ!」


 奥の方から声がして、顔を上げるとウェイトレスらしい女の人が立っていた。

 栗色の髪が短く切りそろえられているのを見て、なんとなく自分の髪が気になった。旅をするなら、本当は短いほうがよかったのかもしれないけれど、今になってそんなことを考えても仕方がない。

「なるほど、君が車掌の言ってたお客さんかぁ」

 女の人がそう言ったので、私はそっと頷いた。

「好きなところに座って。メニュー今持ってくるから」

 一番前側の、窓際の席に座る。窓の外に広がる草原は遥か彼方まで広がって、そうしていつか山になって、空になる。樹は左から右へと現れては消え、列車は時々揺れながら軽快に走る。

「お待たせ。メニューとお冷」

 持ってきたものを私の前に置いて、女の人は私の向かいに座った。

「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。私はソフィア、よろしくね」

「ルナです。よろしくお願いします、ソフィアさん」

「ルナちゃんね、よろしくよろしく」

 メニューには、肉料理や魚料理、或いはサラダみたいな軽い物まで、色々なメニューが載っていた。遠く異国の料理や、一部の地域でしか食べられないような料理まで。でも、一応最後まで見ただけで、私の注文は最初の一ページを開いたときには決まっていた。

「オムライスください」

「オムライスね、かしこまり!」

 ソフィアさんはエプロンのポケットからメモ帳を取り出してオムライスと書いたあと、列車の後ろの方に歩いて行った。多分、車両の後ろ側が厨房になっているのだと思う。

 水を一口飲んで、少しだけ渇いていた喉を潤す。

「すごいなぁ」

 なんとなく、そんな言葉が口を吐いて出た。

「凄いでしょう!」

「ふぇ⁉」

 横には、いつの間にか車掌さんが立っていた。

「おや、驚かせてしまいましたか。これは失敬」

 いや、大丈夫だけれど。

「どうかしたんですか?」

「いや、そろそろルナさんに長距離列車の停車駅についてご説明をしないといけないなと思いまして」

 あとご飯食べに来ました、と言って車掌さんは私の向い、さっきソフィアさんが座っていたのと同じ席に座った。

「あれ、車掌じゃん。何してんの?」

「ご飯食べに来たんです。チャーハン二人前ください」

「え? 今日は随分と食い意地張るね」

 ソフィアさんは首を傾げるけれど、短い髪が顔に掛かるのが嫌なのか、すぐに顔をしかめてしまった。

「違いますよ。機関士に持っていく分です」

「ああ、なるほど。はい、オムライス」

 ふわふわの卵にデミグラスソースがこれでもかと掛けられたオムライス。結局、最後までこのふわふわの卵を作るのが苦手だった。

「おいしそう」

「そりゃ私が作ったオムライスだからね」

 端から崩して、口に入れていく。

「とっても美味しいです」

 ソフィアさんはだろう、と笑う。

「あ、そうそう、説明しに来たんでした」

「長距離列車の停車駅、でしたっけ?」

「はい。さっき出発してすぐのときに乗務員の交代が無いって話はしましたが、我々も休憩が必要です。特に機関士なんかはね。そこで、運行の調整とか補給とか諸々の事情がありまして、二、三日に一度、半日から二日か三日くらい停車する駅がいくつもあるんです」

 車掌さんは、ソフィアさんが私のオムライスと一緒に持ってきたお水を飲んだ。

「基本的には、夜停車して次の日一日停車、でさらに朝に出発という形になるんですが、その長く止まる最初の駅が、実はもうすぐなんです。あと一時間くらい」

「まだお昼だから」

「はい、一晩休憩したらすぐに出発します」

 私はまた一口、オムライスを口に運んで、飲み込む。

「停車中は自由に観光が出来ることになってますから、是非。あと、ルナさんのその小さい切符だと失くしてしまうかもしれないので、管理局の方に言ってもっとちゃんとしたパスを発行してもらいましょう」

「そんなよくしていただいて……」

「いえいえ、これが私どもの仕事ですから」

 車掌さんは、お水を飲み切った。

「あいよ、チャーハン二人前」

 ソフィアさんが袋を持ってやってくる。

「ああ、ありがとうございます。では、私は失礼します

 車掌さんが食堂車を出たあと、私は最後にちょっと残ったオムライスをスプーンですくって、口の中に入れた。

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