#819

「さぞ……憎いだろうな。俺が殺したのは……お前の大事な仲間だったもんな……」


シヴィルからは変わらずに返事はなく、ベクターの腹部に刺さったままの自分の腕を引き抜こうともがいていた。


うめきながら暴れる機械化寸前の幼女を見て、先ほど止められた兵たちが銃の引き金を引こうとする。


「手を出すなと言ったはずだッ! こいつは俺の客なんだよッ! お前らは周囲に気を配れ……。こんなときでも……敵は待ってくれないぞ……」


だが、再びベクターの大声を聞いた兵たちは、顔を強張らせながらも周囲へと散っていった。


それでもジャズはその場を離れずに、銃を捨ててシヴィルのことを押さえつけようとする。


「ジャズ……やめろ……」


「だけど、ベクターさんッ! このままじゃッ!」


「俺はもう助からん……。内臓がぶち抜かれてるからな……。うぐッ」


ベクターの口から血が噴き出る。


それでも彼はもがくシヴィルに声をかけ続けた。


大事な者を殺された気分はどうだった。


仲間のかたきを打って満足したか。


ベクターの問いが続くと、もがいていたシヴィルが次第にブルブルとふるえ始めていた。


「散々人を殺してきた俺が言えたもんじゃないが……。よく覚えておけよ……。お前は……お前たちは無邪気に殺しを楽しんでいたのかもしれないが……。それ……が、自分の身に降りかかったとき……それだけ心を乱すってことをな……」


「あうあぁぁぁ……シヴィルは……シヴィルは……」


「まあ……わかりゃいいさ……。お前はまだ……ガキ……なんだから……こ、れから……」


そして、そう言うとベクターは動かなくなった。


ジャズは彼に駆け寄り、声をかけ続ける。


その前では、ベクターの身体から腕を抜いたシヴィルが茫然ぼうぜんと立っていた。


「シヴィルは……ずっと……ひどい……ことぉ……を……」


泣きながら放心状態となったシヴィルの身体は、流れる涙をと共に機械化が解けていき、その場に両膝をついていた。


彼女から戦意が消えたと判断したジャズは、ベクターを地面に寝かすとそんなシヴィルを強く抱きしめる。


「あたしはあなたがしたことは許せない……。だけど、ベクターさんが何をしたかったのか理解できるッ!」


そう呟くジャズに抱きしめられたシヴィルは、そのまま気を失ってしまう。


その傍で、薄れゆく意識の中――。


ベクターは友人のことを思っていた。


(ロウル……。バイオの親父はやっぱスゲェよな……。一生かけて俺ができたのは、せいぜいこれぐらいだった……。お前や親父みたいにはできなかったよ……)


閃光と弾丸が飛び交い、轟音が鳴り響く戦場で、何十年も戦い続けてきた男は、憧れた友と父を思ってその生涯を閉じた。

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