#694

玉座に腰を下ろしている高齢の女性の前に、一人の若い女性が平伏ひれふしていた。


「顔を上げなさい。我が娘よ」


そう言った高齢の女性の名はリュージュ·オルゴー。


そして彼女の前で頭を下げているのは、この国の王女であるレジーナ·オルゴーだ。


「はい、母上」


レジーナが言われた通り顔を上げると、彼女の腰まで届くほど長い髪が揺れる。


顔を上げた娘に、リュージュはその顔にあるしわさらに深めて言う。


「聞いたところによると、どうやらお前はあのエレクトロハーモニー社に、武器の買い付けを頼んだようですね。何ゆえそのような勝手な真似まねをしたのです」


静かに言う母に訊ねられ、レジーナは説明を始める。


世界は今、突如現れた黒い光の化け物――エレメント·ガーディアンと止まらぬ大災害の脅威にさらされている。


その混乱の中、世界のリーダーだったバイオニクス共和国が崩壊――多くの国が武力を持って我先にと争っている状況だ。


「私はただ国を守るために、当然のことをしたまでです」


レジーナは、エレクトロハーモニー社から武器や兵器を頼んだのは、自国を守るためだと答えた。


それを聞き、リュージュは悲しそうな顔から、強い怒気が宿したものへとその表情を変える。


「この愚か者ッ! そのような真似をすれば、帝国やオルタナティブ·オーダー、さらには近隣諸国を刺激するとは考えなかったのかッ!」


「愚か者は母上のほうです!」


レジーナは怒るリュージュに向かって怒鳴り返した。


そして、そのまま母をにらみながら言葉を続ける。


母――リュージュは、ストリング帝国とオルタナティブ·オーダーの戦争に巻き込まれないよう中立国を気取っている。


だが、それは一時しのぎでしかなく、どちらかが勝てば大事なときに協力しなかったと両方から恨みを買うだけだ。


「平和なときならそのような外交でも上手くいくでしょう。しかし、この状況で風見鶏でいるのは、自殺行為でしかない!」


レジーナはさらに言う。


帝国にもオルタナティブ·オーダーにも協力しないのなら、自国の軍を強化して戦争に備えるべきだ。


幸い、オルゴー王国は元々自然共に暮らす国柄もあり、大災害の被害は他の国よりも少ない。


さらに慎ましく勤勉な国民性もあり、食料や国内に貯めた金銭は十分。


その国力を使い、エレクトロハーモニー社から武器を買えば、自国を守るだけでなく、帝国などの強国とも戦えると、彼女はリュージュへうったえた。


「レジーナ……あなたはまさかこの国に戦争をさせるつもりですかッ!?」


「その通りです。こうしてる間にも各国は動いています。すでに世界の半数以上が帝国側についている。帝国かオルタナティブ·オーダーか、それとも両方と戦うのか。この国も決断するときなのです」


「あぁ……なんてこと……。昔から男勝りではありましたがそこまでとは……。私は娘の育て方を間違えました……」


「母上、ご決断をッ!」


平伏しながら叫んだレジーナに、リュージュは自分の前から去るよう言った。


だが、レジーナは下がらずに立ち上がると、女王である母に駆け寄ろうとする。


「この無礼者ッ! 誰かッ! この者を連れていきなさいッ!」


「母上ッ! どうか、どうか私の話をッ!」


「お黙りなさいッ! 本来ならば処刑するところだが、お前もこの国を思っての行動。今回だけは見逃します。だが、次にまた勝手なことをすれば、その首を失うと思いなさいッ!」


そしてリュージュの怒声を浴びながら――。


レジーナは護衛の兵たちによって、王の間から連れ出されていった。


そのときの彼女の顔は、まるで家族を皆殺しにされた者かのような、凄まじい形相となっていた。

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