#692

――部屋を出たブライダルとサーベイランスは、彼女たちの話し合いの場から少し離れたところにいた。


「わかった、わかったからいい加減に静かにしてくれ」


サーベイランスは会合の場での彼の態度に怒ったニコに、注意されていた。


端から見ると、電気羊がその豊かな毛を揺らしてメェーメェー鳴いているだけなのだが、どうやらサーベイランスにはニコの言葉がわかるようだ。


うんざりした態度で鳴き続けるニコを落ち着かせようとしている。


「あッ! ロボットと羊だ!」


「ホントだ! なんかケンカしてるよ!」


それを通りがかった子供たちが見て笑いながら手を振っていた。


ニコは彼ら彼女らに手を振り返していたが、サーベイランスはさらにうんざりしている。


「いやはや、あんたたちも一躍スターだね」


その様子を見て、ブライダルがからかうように笑った。


サーベイランスはもう色々と諦めているのか、何も言わずに肩を落としている。


「てゆーかさ。あんたってニコの言葉がわかるの? 私にはメェーメェー言っているようにしか聞こえないけど」


「とても残念なことにわかってしまう……。そして、こいつも私が理解できるのをわかっているようだ。だからこんなしつこく鳴いてくる……」


「ふーん、なんかあんたらって夫婦みたいだね。あんたは男型の人工知能で、ニコはメス型みたいだし」


ブライダルの言葉を聞いたニコは突然大声で鳴き始めた。


その声のボリュームは、先ほどのサーベイランスを注意しているとき以上だ。


「ねえ、ニコはなんて言ってるの?」


「……こんなズバズバものをいうオスはゴメンだと言っている」


「アハハッ! フラれちゃったね、あんた」


「もう……好きにしてくれ……」


彼女たちがそんなやり取りをしていると、そこへヨレヨレのコートを羽織った男が現れた。


エレクトロハーモニー社のラムズヘッドだ。


ラムズヘッドはブライダルたちに挨拶をすると、サーベイランスが口を開く。


「話し合いは終わったのか?」


「あぁ、君らのボスとライティングは相容れなかった。今は残された彼女が、ひとりで寂しそうにしているよ」


ラムズヘッドがそう言うと、ニコは大慌てで走り出した。


おそらくジャズのところへ向かったのだろう。


早く駆けつけて励まさなきゃと急いだのである。


サーベイランスはそんな電気羊の背中を見送ると、再びラムズヘッドに訊ねた。


会合が終わったというのに、どうして自分たちの前に現れたのか。


何か個人的に話したいことでもあるのかと、突き放すような言い方で訊いた。


「偶然私たちと出くわしたなら、この質問に答える必要はないが」


「本当に察しのいいロボット君だ。いや、サーベイランスでいいかい? それとそっちの君のことはブライダルと呼ばせてもらうよ」


サーベイランスは好きに呼べと返事をし、ブライダルも何故か黙ったまま両手で大きく丸を作り、返答した。


サーベイランスがまたも訊ねる。


「今、察しがいいと言ったな。では、私たちに何のようだ?」


「なぁに、よかったら君らもエレクトロハーモニー社の支援を受けないかって話だよ」


「なに……? 私たちに支援だと?」


サーベイランスは思ってもみなかったラムズヘッドの言葉に固まり、傍にいたブライダルも彼の提案にその顔を歪めていた。

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