番外編 ロスト·イン·オールド

アバロン·ゼマティス、コーダ·スペクター、ネア·カノウプス男女三人の将校が陸上戦艦内を歩いていた。


ローズに呼びだされた三人の表情は暗い。


それは、別に上司である彼女から何か言われるというよりは、他の理由からだった。


彼らは自分たちが所属するローズ親衛隊の隊長だった老兵――スピリッツ·スタインバーグ少佐を失った。


コーダとネアに関していえば、スピリッツが咄嗟に二人を庇わなければ、舞う宝石ダンシング ダイヤモンドウェディングに殺されていた。


後から知ったアバロンは、その話が信じられなかった。


スピリッツは殺される少し前――。


彼はあの凄まじい強さを見せたクリーン·ベルサウンドとの一騎討ちを生き残った。


実力差は歴然。


特別な力など持たない老兵が、あの人間離れした奇跡人スーパーナチュラルを相手にしたのだ


それがこうもあっさりと死ぬなど、アバロンには実感が持てなかった。


「なあ、お前ら」


コーダが俯きながら口を開く。


前を歩くアバロンとネアは、振り向くことなく「なんだ?」と訊ねた。


舞う宝石ダンシング ダイヤモンドは何がなんでも俺がる……。だからよぉ……そんときは手を貸してくれよなぁ……」


コーダが言いづらそうに伝えると、アバロンとネアは足を止めて彼に振り向く。


そして二人は声を揃え、コーダに顔を上げるように言った。


「当たり前だッ! いやむしろお前が私に手を貸せッ!  舞う宝石ダンシング ダイヤモンドは私が必ず討ち取るッ!」


「スピリッツ少佐は私たちのせいで死んだんだよッ! 少佐のためにも、あのダイヤモンド娘は私たちの手でぜぇーたいに殺すんだッ!」


それから続けて叫ぶように大声を出すアバロンとネア。


コーダは驚いて両目を見開いてしまっていたが、すぐに表情を戻した。


「だよなッ! 舞う宝石ダンシング ダイヤモンドは俺たちローズ親衛隊の敵だッ! 少佐の仇は俺たちで必ず取ろうぜッ!」


その後、三人はローズのいる部屋へと到着。


扉をノックして名乗ると、中へ入るように返事が来る。


そして、三人が部屋の中に入ると、そこにはローズとジェーシー二人と、小柄で顔中に小さな傷がある青年――マローダー·ギブソンの姿があった。


「我ら親衛隊、ローズ様に拝謁はいえついたします」


アバロンが代表して敬礼。


彼に続いてコーダ、ネアもそれに続く。


「よく来たな、お前たち」


ローズは椅子に座ったまま、三人に返事をした。


そして、アバロンが呼び出された理由を訊ねる。


すると、ローズの傍に立っていたジェーシーが逆に訊き返した。


「ジャズ·スクワイアの逃走に協力したクリーン·ベルサウンドの遺体を奪ったのは、あのハザードクラス――舞う宝石ダンシング ダイヤモンドと報告を受けましたが、それはたしかでしょうか?」


「はい、間違いなく舞う宝石ダンシング ダイヤモンドでした」


アバロンが答えると、ローズが口開いた。


上官であるスピリッツ·スタインバーグ少佐が殺されたときに、コーダ、ネア両名は何をしていたのだと。


彼女の言葉に二人は表情を歪める。


「ローズ様ッ! どうか俺に奴を討つ命令をッ! スピリッツ少佐の仇を討たせてくださいッ!」


コーダが膝をついて悲願すると、アバロンとネアも彼に続いてその場に屈する。


「私からもお願いいたしますッ! 何卒ご命令をッ!」


「今回の失敗をつぐなわせてくださいッ! 私たち三人で必ずスピリッツ少佐の無念を晴らしてみせますッ!」


コーダ、アバロン、ネア三人を見て、マローダーが顔の傷を歪めた。


それはまるで小馬鹿にした態度だったせいか、コーダが彼に突っかかる。


「なんだッなんか文句でもあんのかッ!? えぇッ!? マローダーさんよッ!?」


「特にないが」


「スカしやがってッ! 名門ギブソン家だかなんだか知らねぇがッ! 俺はそういうエリート気取りの奴が大っ嫌いなんだよッ!」


「そうか。俺もお前のような、大きな声を出せば相手がひるむと思っている人間は嫌いだ」


「てめぇ……ケンカ売ってんだなコラッ!」


「売ったのお前だ」


「んなもんどっちだっていいんだよッ!」


コーダはマローダーの胸倉を掴むと、その腕を振り上げた。


だが、そこにアバロンとネアが割って入り、二人のことを引き離す。


「落ち着けコーダッ!」


「そうだよッ! マローダー少尉もこれ以上彼を刺激しないでくださいッ!」


コーダをアバロン。


マローダーをネアが押さえていると、ジェーシーが声を張り上げる。


「四人共ッ! ローズ様の御前ですよッ! それ以上の無礼はやめなさいッ!」


ジェーシーの言葉で、四人は姿勢を正した。


それを見たローズは椅子から立ち上がると、四人に向かって声をかける。


「スピリッツ·スタインバーグは何故死んだと思う? 誰か答えよ」


姿勢をさらに正し、コーダが答える。


「それは、スピリッツ少佐が俺をかばったからです」


「そうです。少佐は私たちを助けたせいで、その命を落としました」


コーダに続いてネアが細かく詳細を伝えた。


ウェディングは、クリーンの遺体があるプレイテックを狙っていた。


そこにいたコーダとネアを斬り殺そうとしたところを、スピリッツが二人を吹き飛ばし、代わりに死んだのだと。


「少佐が私たちを助けなければ、死んでいたのは私たちです」


凛とした態度で言うネアだったが、その瞳はうるんでいた。


それはコーダやアバロンも同じだった。


三人は一兵卒から親衛隊としてローズに見出されてから、スピリッツに何かと目をかけてもらっていたのだろう。


それはスピリッツが彼らと同じく、ローズによって一兵卒から少佐――左官まで出世できたのもあったと思われる。


いや、それだけでない。


スピリッツは若い頃から苦労してきたのもあって、たとえ階級が低い者や他国の者でも分け隔てなく接する優しさがあったのだ。


アバロン、コーダ、ネアも、そんな上官を失った悲しみが拭えない様子だった。


だがローズはそんな三人を見て、不機嫌そうに口を開く。


「話にならんな。私は報告を聞かせろなど言っていないぞ」


ローズに睨みつけられた三人は、その威圧感に身を固め、何も言い返すことができなくなった。


次にローズは、マローダーへ訊ねる。


「マローダー、お前はどう思う?」


「自分が語る意味はないかと」


「いいから聞かせろ」


「ハッ」


ローズに強要されたマローダーは、その無愛想な顔で答える。


「自分はスピリッツ少佐は、力なきゆえ倒れたと思っております」


「てめぇ、少佐をバカにしてんのかッ!? あんッ!?」


「マローダー少尉、いくらなんでもその言葉は許せませんぞッ!」


マローダーの言葉に、コーダとアバロンが激高げきこう


ネアが慌てて二人を押さえた。


だがローズが再び口を開くと、二人はその動きを止めた。


「ならば、落ちぶれたお前を拾ってくれたセティ·メイワンズ大尉も同じか?」


「自分はそう思っています」


「では、格上だったクリーン·ベルサウンドと戦って生き残ったお前には力があると?」


「いえ、ただの幸運です」


「それでは運が尽きれば終わりか? そんな考えでは、そのうち確実に死ぬな」


「覚悟しています」


ローズは四人に背を向けると、そのままの姿勢で言う。


「マローダー少尉。振り返ってみて、クリーン·ベルサウンドとの一騎討ちはどうだった?」


「どうということもなく」


「よし、マローダー。次はお前に譲ったセティ大尉の部隊とドローン隊を動かせ。相手はオルタナティブ·オーダーだ」


おおせのままに」


ローズの指示に、アバロンとコーダは何故だと言わんばかりに声を張り上げたが、ジェーシーが早くこの場から去るよう言った。


ネアは納得のいっていない二人を強引に引っ張って、ローズの部屋から出ると、マローダーも出て行く。


部屋を出た途端にコーダがマローダーに絡む。


「おい、マローダーさんよぉッ! これで勝った気になってんじゃねぇぞッ!」


「ローズ将軍の命はすでに下った。自分はそれに従うのみ。これにて失礼させてもらう」


「待てよッ! 話はまだ終わってねぇぞッ!」


だが、マローダーは全く相手にすることなく、何事もなかったかのようにその場から去って行った。


――四人が部屋を出て行った後。


ローズは椅子に腰を下ろしていた。


天井を茫然と眺めている彼女に、ジェーシーが声をかける。


「ローズ様、お疲れなら、ちゃんとベットでお休みになったほうが」


「そうだな……。ジェーシー、あの三人の戦闘データの結果は?」


「適合率は以前変わりなしです。もう少し強制したようがいいかと思われます」


「ならば任せる。だが、くれぐれも自我を保てるようにはしろよ。機械人形オートマタになってしまっては元も子もない」


そう言いながらも、ローズは天井を眺めたままだ。


どこかに気持ちを置いてきてしまったようなその様子を見て、ジェーシーは彼女の傍に近寄る。


「スピリッツ少佐のことは残念でした……」


「ああ、そうだな……。もう、私を支えてくれるのはお前だけになってしまった……」


「ローズ様……。私はローズ様が生きている間は何があっても死にません。そして、ローズ様が死んだときは地獄までお供するつもりです」


「縁起でもないこと言うな。……ジェーシーに死なれては困る。それだけ理解してくれていればいいさ」


ローズはそう言うと、椅子に座ったままジェーシーの身体に抱きついた。


抱きしめられたジェーシーは、まるで我が子にやるように、そんな彼女の頭を撫でるのであった。

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