#641

アバロンが引き止めようがマローダーはクリーンへと向かっていく。


喚いているアバロンの隣では、スピリッツが自分たちの後方を振り返っていた。


「マローダー少尉の隊も舞う宝石ダンシング·ダイヤモンドを振り切って来たか」


「スピリッツ少佐ッ! そんなことよりもマローダー少尉を止めないとッ!」


アバロンは指揮官であるスピリッツに向かって、マローダーを止めるように指示してくれと言った。


だが、老兵は腕を組んで片手をあごに当てると、ただマローダーの背中を眺めるだけだった。


「しかしな、わしに与えられた権限は親衛隊への指示のみだ。セティ大尉の部隊の指揮権は彼のものだから、何を言われようが彼に儂の指示を聞く必要などないのだよ」


マローダーはウェディングとの一騎討ちで殺されたセティ·メイワンズの部隊を引き継ぎ、その指揮をするようにローズから指示を受けていた。


要は独断で――彼女から好きに動いていいと言われているのだ。


そのため、今この場でスピリッツが何を言おうが、マローダーを止められるはずもない。


「ふむ、でもマローダー少尉なら意外といけるかもな」


「何を言っているのですかッ!? 先ほどスピリッツ少佐も、あの娘のことをクリア·ベルサウンドのようだと言ったばかりではないですかッ!」


アバロンは相手がヴィンテージのようだと言っておきながら、マローダーを一人で戦わせるつもりかと叫んだ。


だが。スピリッツは笑みを浮かべながら彼に答える。


「たしかに、あのクリーン·ベルサウンドは凄まじい剣気を放っている。だが、高ぶりで力を上げているのならマローダー少尉には通じんよ。なにせ彼は、ローズ将軍を前にしても物怖ものおじせん男だからな」


そして、マローダーがクリーンへ近づていく。


視力を失ったクリーンには彼の姿は見えていないが、すでに目の前にいることは感じ取ったのだろう。


彼女はマローダーへと声をかけた。


「帝国将校の方とお見受けいたします。こちらが誘ったとはいえ、わざわざ単騎で向かってくるとはさぞ名のあるお方なのでしょう。是非ともあなたの名をお聞かせくださいませんか?」


両手に日本刀を構え、臨戦態勢に入ったクリーンが訊ねると、マローダーは腰に帯びた短い棒状のものを取り出した。


そして、それを握りスイッチを入れると、短い棒から白い光の刃が飛び出す。


それを見てアバロンが叫ぶ。


「あれはピックアップ·ブレードッ!? バカなッ!? ブレードはもう造られていないはずだ!」


ストリング帝国の技術で造られた光剣――ピックアップ·ブレード。


現在はコストの問題で生産されていないが、アバロンを含めて一部の将校には特別に支給されている。


「よく見てみろ。あれはギブソン家に伝わるブレードだ。最近造られたものではないよ」


スピリッツに言われ、アバロンはマローダーの持つブレードを目を凝らして見た。


たしかにあれは普通のピックアップ·ブレードではない。


それは、柄から出ている光の刃が通常のものよりもの大きく広がっているからだった。


「あれはギブソン伝家の宝刀。ダブル·ブレードだ」


ダブル·ブレードとは、その名の通り通常のブレードの出力を二倍にしたものである。


ブレードの動力源である核を二つ用いることで実現した、ストリング帝国の名門であるギブソン家に伝わるものだ。


「……参る」


マローダーはダブル·ブレードを構えると、ただ静かにそう答えた。

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