#640
帝国兵たちが吠えるクリーンに手を出せずにいると、彼らの後ろから一人の男が出て来る。
その男の名はアバロン·ゼマティス――ストリング帝国軍少尉であり、ローズ·テネシーグレッチの親衛隊の一人である。
かつてジャズやジャガーと同じく軍学校の同級生でもあり、卒業後は一兵卒だった彼が、尉官まで出世できたのはローズの計らいによるものだった。
「あの狭さでは一台ずつしか通れないな。それに、この地形……」
アバロンは谷を眺めるとそう呟いた。
狭い谷の出入り口を遮っている白髪の少女。
こちらに並ぶ数台のプレイテックのインストガンで電磁波を撃てれば容易く仕留められそうだが。
当然撃てばその衝撃で谷が崩れ、出入り口が塞がれてしまう。
「なるほど、よく考えている」
それから、ただ一人立つクリーンを見て、アバロンもまた帝国兵たちと同じく動けずにいた。
「なんて圧だ。これがあの伝説のヴィンテージ……ベルサウンドの血がもたらす武威なのか……?」
アバロンはクリーンの放つ剣気の凄まじさを感じていた。
手には、ローズから特別に用意してもらった光剣――ピックアップ·ブレードの柄が持たれている。
(外にあれだけの剣気を発しながら、内から感じるこの静けさ……。兄であるブレイク·ベルサウンドの武名は世界に轟いているが、妹のほうもとてつもないな。さすがは
内心で思うアバロンは呟く。
「これは手強い……。だがッ!」
「アバロン少尉、気が乗らないのならやめたほうがいい」
クリーンへと向かって行こうとしたアバロンだったが、呼びかけられて立ち止まる。
「これはスピリッツ少佐。あなたも
それは、ローズ親衛隊の隊長――スピリッツ·スタインバーグだった。
スピリッツは自分の白髪頭に手をやりながら、アバロンの横へ並ぶ。
そして、スピリッツはその枯れ木の様な細い体をほぐしながら、その口を開いた。
「
「しかし、スピリッツ少佐ッ!? クリーン·ベルサウンドを退かさねばジャズ·スクワイアを追えませんッ!」
「
「殺さずに捕らえれば良いだけのことですッ!」
「いや、君にはわかっているはずだ。あの少女に、そんな生ぬるいことは通用しないと」
スピリッツはそう言うとクリーンのほうへ視線をやる。
白髪の少女は凄まじい剣気を放ちながらも、実に落ち着いた表情でそこに立っていた。
「母の面影があるな。やはり血は争えんというわけか」
スピリッツはクリーンの母親――クリア·ベルサウンドと戦場で対面したことがあった。
当時のスピリッツがまだ一兵卒だったときの話だ。
「クリア·ベルサウンドはアン·テネシーグレッチを救うために、一万の帝国軍の中に飛び込んできた。今の彼女を見ていると、そのときのことを思い出すよ」
「少佐ッ! 今は昔話をしているときではありませんよッ!」
アバロンがスピリッツに怒鳴っていると、二人の間を抜けてクリーンへと向かっていく男がいた。
アバロンは慌ててその男を止めようと声を張り上げる。
「マローダー·ギブソン少尉ッ!? いきなり現れておいて黙って行かないでくださいッ!」
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