#613
ウェディングが去り、ジャズたちは森の中を進んでいた。
それは、この地域へ来た当初の目的――。
ストリング帝国とオルタナティブ·オーダーどちらかを探すためだ。
後者の目的はすでに果たしたが、まだ帝国のほうとは接触できていないため、サーベイランスが行動するように一同へ言ったからだった。
だが、ジャズの足取りは重い。
それもしょうがないことだった。
せっかく会えた仲間――ウェディングに、彼女は冷たい扱いを受けたからだ。
ジャズは思う。
ウェディングの言い分もわかる。
自分の大事な人を殺した相手が、仲間だった者と一緒にいたのだ。
逆上するのも仕方のないこと――だが、ジャズはそれでも事情くらいは聞いてもらいたかった。
「いつまでもへこんでんじゃないよ姉さん。ここは気持ちを切り替えて行こう」
ブライダルが後ろを歩くジャズに声をかけた。
彼女の手には、去り際にウェディングから渡された小型の通信デバイスが持たれている。
パソコンに繋ぐUSBフラッシュドライブほどのサイズのそれを宙に放りながら、ジャズへ早くこのデバイスを使ってライティングに連絡を取ろうと言っている。
だがジャズは今はそんな気分になれないと、謝罪の言葉を口にしながらまるでゾンビのようにフラフラと歩を進めている。
「そっか、じゃあ元気が出る曲でも歌おうか? こういうときはアップリフティングなヤツがいいよね~。私の趣味じゃないけどホールのセレブリティ·スキンなんてどう? 『キャプテン·マーベル』の映画でも使われてたしぃ」
ブライダルが訊ねるがジャズに返事はなかった。
ただ、俯いたまま首を左右に振っている。
「ホールはダメってこと? う~ん、姉さんの気持ちに私なりに寄せた選曲だったんだけどな~。じゃあ、これまた私の趣味じゃないけどアヴリル·ラヴィーンのガールフレンドにするよ。うん、今の私にピッタリだしね~」
そして、ブライダルはジャズのことなど気にせずに歌い始めた。
一人で手拍子をしながら踊り、その張りのある声を森中へと響かせている。
「ヘイヘイユーユー、アイ ドント ライク ユアー ガールフレンド♪ ノーウェイノーウェイ、アイ シンク ユー ニード ア ニュー ワン~♪」
ジャズはそんな踊り狂うブライダルを無視して彼女の横を通り過ぎていく。
ニコもジャズの傍で心配そうに並び、やはりブライダルのことなど気にせずについて行った。
「あなたの恋人は好きじゃない……。きっとあなたには新しい彼女が必要か……。それが、今のお前の心境なのか……」
ブライダルを歌を聴いて、サーベイランスがため息をつくような仕草をしていた。
歩きながら肩を落とし、いかにも呆れている様子だ。
「おッさすがは私たちのモルトケッ! 言語にも強いね~」
「その人物はたしか……クラウゼヴィッツの戦争論を実践した男だったな。ヘルムート·カール·ベルンハルト·フォン·モルトケ……。人間からするとさぞ覚えるのが大変なフルネームだ。きっと軍事を勉強している奴からしたら、嫌がらせ以外の何者でもないと思ったことだろうな。……それよりも、前は諸葛亮·孔明と言ってなかったか?」
「細かいことは気にしな~いッ! はい、あんたも一緒に~、ヘイヘイユーユー、アイ ドント ライク ユアー ガールフレンド♪」
ジャズとニコに相手にされなかろうが。
サーベイランスに突っ込まれようが変わらないブライダル。
そんな彼女のことを頼もしく思う反面、面倒だと感じているサーベイランス。
だが、落ち込みながらもジャズが行動してくれているだけまだ良いと、再び歌い始めたブライダルと並んで歩く。
「いやいや、やっと森を出れたね~。って、ありゃりゃ? あそこに見えるのは軍隊かい?」
ブライダルがそう言う先には、ジャズがよく知る旗が掲げられていた。
バイオリンに音符が絡み合う国旗――ストリング帝国の旗だ。
「帝国軍だな。どうやら森に潜んでいるオルタナティブ·オーダーを待ち構えているようだ」
サーベイランスがそう言ったが、ジャズは風になびく旗をただ眺めているだけだった。
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