#580
それからジャズたちはブライダルが泊まっているという宿へと到着。
その宿は、崩壊後にできた町――エンカウンターズで数少ない建物の一つだった。
その外観のコンクリートを見るに、元々は宿泊施設ではなく、営業などのオフィスだったことを思わせる造りだ。
建物内は、きっと改装したのだろうと思われる吹き抜けの空間。
全三階まであるフロアは開放感に溢れ、一階には宿の受付と簡易的食堂兼酒場が見える。
「テキトーに頼んじゃうよ」
ブライダルはジャズにそう言うと、ウエイターの女性に声をかけた。
「お姉さん今日も綺麗だねぇ~。今夜空いてる? もし空いてるなら付き合ってよ。この世の極楽へ連れていってあげる」
ウエイターの女性を口説くブライダル。
ナンパされた女性は鬱陶しい様子で受け応えしているが、彼女は気にせずに喋り続けていた。
ジャズはそんなブライダルに呆れながら酒場を見回す。
昼間だが客の入れは上々。
置いてあるテーブル席には人が溢れかえっている。
――のだが、どの客もその表情は鬱屈としていて店全体の空気は重い。
その中でケラケラと笑っているブライダルは、まるで別の世界から来た人間のように見える光景だ。
それからブライダルが注文した物が運ばれてきた。
一体何の肉かはわからないが、油で揚げたものや豆類がテーブル並び、さらに薄い紫色の液体が入った瓶が置かれる。
ジャズはその瓶を見て怪訝な顔をする。
「ねえ、これってお酒じゃないの?」
「そうだよ~葡萄酒だよ~。いや~私の好みを言うならホントはマティーニとかモヒートのほうが好きなんだけどさぁ。なんせ世界がこんな状況じゃん? 葡萄酒があるだけでも喜ばないとねぇ~」
「いやそこじゃなくてさ。あんた……たしかウェディングと同い年だったよね?」
ブライダルの年齢は、中学生であるウェディングと同じ十四歳。
ジャズは十五歳で、その頃から一年が経過しているとはいえ、二人ともまだ未成年である。
彼女の生まれたストリング帝国や、ブライダルが育ったバイオニクス共和国の法律でいえば、二十歳未満の者は飲酒が禁止されているだが。
どうやらこの宿の酒場では、そんな世界の常識や決まりは適用されていないようだ。
「そうだけどさぁ。ま、そんな固いこと言わないでよ、姉さん」
「すみません~、この葡萄酒は取り消しで変わりに葡萄ジュースにしてもらえますか?」
「ちょっと姉さんッ!? そんな殺生なッ!!」
ジャズは、ウエイターの女性を呼び出すと、葡萄酒の代わりに葡萄ジュースを持ってくるように頼んだ。
ブライダルはこの世の終わりのような顔で悲願したが、その想いは届かずに、結局アルコールは下げられてソフトドリンクを飲むことに。
「……なんだよ、いいじゃんよ……。こんな世界だよぉ……お酒くらいさぁ……」
「ほら、いつまでブツブツ言ってないで、あたしたちの再会に乾杯しましょう」
それから不満を呟くブライダルだったが、なんだかんだとジャズ、ニコとグラスを重ね合わせる。
「ったく、そういう優等生っぽいとこまで変わってないんだから……」
「なんか言った?」
「いや、別に~」
そしてブライダルは、やはり変わっていないジャズを見ると、クスッと笑みを浮かべるのだった。
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