#436

クロノスはクオとの会話を止め、メイカへ声をかけた。


それもいいだろう。


世界は――いや、人類は滅亡するだろうが、これ以上彼女が使命を負う必要はないと。


だが、クオは突然丁寧に頭を下げた。


そして、クロノスへ神具の力を与えてあげて欲しいと言葉を強める。


《この者ならば、いや、マスター·メイカならば必ずや使命を果たすでしょう。何卒、何卒お力添えを》


《マスター·クオよ。お主の見た啓示は確かにこの娘を選んだのだろう。しかし、私の力も完全ではない。事実、この娘は呪いの儘リメイン カースはおろか禁術さえも制御できてはおらぬ》


《ならばメイカに加護を与え奇跡人スーパーナチュラルにッ!》


今まで静かに言葉を発していたクオがここで声を張り上げた。


彼はメイカの右目――クロノスに頭を下げたままだったが。


これまでとは違い、その感情をあらわにした。


だが、クロノスの冷たい態度は変わることはなかった。


《図に乗るなマスター·クオ。神具の力はそれ一つだけで世界に影響を及ぼすものだ》


クロノスが言うに――。


神具一つ一つには自我があり、所謂いわゆるインテリジェンスソードと呼ばれるものに近いそうだ。


奇跡人スーパーナチュラルになり、神具から加護を与えられる者は、特別な事情(たとえば母であるクリア·ベルサウンドから引き継がれたブレイク、クリアらベルサウンド兄妹など)、以外では当然その世界に影響を及ぼす力を振るうに値するかという選別の目的もある。


だが、その裁量はここの神具に委ねられており、そしてその多くの者がおごり、神具の力により我を失う。


《あの、小雪リトル スノー小鉄リトル スティールが愛したクリア·ベルサウンドでさえそうだった。彼女は感情の闇に飲み込まれて人斬りとなり、歯車の街ホイールウェイでその力を暴走させた。この娘がそれ以上に闇に飲み込まれるのは目に見えておる。それに、それを見越しての禁術だったのではないのか?》


《おっしゃる通りです。ですが、儂はこの者を……いえ、マスター·メイカを信じます。神具クロノスよ、どうかお力添えを》


クオはそう言うと下げていた顔を上げた。


そして、クロノスにではなく、メイカに声をかける。


《頼むぞメイカ、いやマスター·メイカ。儂はお前を信じている》


「あたしは……マスターなんてなれないよ……。ロウルさんも死んじゃった……あたし一人じゃ……なにもできない……」


《お前は一人ではない。忘れるな。お前には儂のすべて……時の領地タイム·テリトリーの歴史がその全身を駆け巡っているのだ》


すると、クオの姿は消えていく。


そして、メイカの右目――神具クロノスの時計の針が激しく動き始めた。


「これは……マスターの記憶……?」


メイカはその右目から、クオの今までの人生を見ていた。


幼い頃からの厳しい修行の日々や、家族、友人、恋人との別れ――。


さらにアン·テネシーグレッチらヴィンテージが暴走コンピューターと決戦しているときに、神具の啓示を受けたことで未来を知り、歯がゆくも手を出すことができなかったことを。


「これがマスターの使命だったの……?」


メイカはこのときにクオが最後に放った術――伝承法ユーズ トラディションで得た彼の能力のすべてを理解した。


それは、今まで天性の才能のみで感覚だけで扱っていた生命エネルギーを、理屈でも知ったということだった。


「マ、マスターはずっと何も言えなかったんだ……。あたしはそれを誤解して……うぅ……」


クオがメイカに――里の者たちにも多くを語らなかったのは、彼が未来を話してしまうと、これから起きることが変わってしまうからだった。


しかしマスター·クオは、幼少期から鍛え抜いた技をろくに使うことなく、ただそれを伝えるためにだけに生きた人生。


最後にはすべてをメイカに伝え、その命を散らす運命。


もうこれ以上泣けないと思っていたのに、メイカはそれでも使命を果たしたクオに涙を流さずにいられなかった。


すすり泣く彼女へ神具クロノスの訊ねる。


《もう一度言おう、マスター·メイカよ。今こそ神具の力を――私を使いこなすのだ》


クロノスの言葉を聞いたメイカは、涙を拭い、その表情を真剣なものへと変えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る