#290

――その頃、ブレイクは白銀髪の女ミウムに頼まれて、バイオニクス共和国内にある研究所へと来ていた。


科学や研究員らはすでに仕事を終えて帰宅したのだろう。


建物内の照明は落とされ、中には誰もいないようだ。


「こんなところになんの用があるんだよ」


「戦うには武器がいるだろう。それを調達するんだ」


「なにいってんだよ? いくらお前にスゴイ能力があったってセキュリティの突破はできねぇだろ?」


ここへ来たがった理由を聞いて呆れるブレイク。


ミウムはそんな彼のことなど気にせずに、出入り口の扉に付いていた電子錠に、自分の左腕――機械の手を伸ばした。


二人がやってきたところは共和国の兵器研究所だった。


ここは主に新しい武器を研究開発する場所だ。


ストリング帝国の技術や、ハザードクラスの死の商人デスマーチャントフォクシーレディの会社――エレクトロハーモニー社の考えたアイデアから武器を創造するための施設である。


当然そのセキュリティは厳重であり、敷地内に足を踏み入れればすぐに警備ドローンが現れ、さらには共和国きょうわこく治安ちあん維持いじする組織そしき――監視員バックミンスターもやって来る。


そして、この施設の電子錠は毎日セキュリティコードが変わるため、管理者しかそのコードを知らない徹底ようだ。


ブレイクはいくらなんでもここに侵入できるはずがないと思い、呆れているのだ。


「ルーツー、やれそうか」


《こんなもん俺にかかれば楽勝だぜ》


ルーツーがそう言うと、ミウムは電子錠を引き抜き、剝き出しになった電子盤へ無理矢理に機械の手を接続させた。


すると、閉まっていたシャッターゆっくりと開いていく。


先ほどまであれほど威圧感のあった巻き上げ式の扉が、どうぞお入りくださいとばかりに従順じゅうじゅんになった。


それをポカンとほうけた顔をして見ているブレイクへ、ミウムは声をかける。


「いつまで見てるつもりだ? さっさと中へ入るぞ」


《おいミウム。ついでに中のセキュリティ解除と監視カメラの映像もダミーにしておいたぜ。ここで何をしようが誰も気が付かねぇよ》


「ほら、ルーツーがそう言っているんだ。もう安全なんだよ」


ブレイクは言葉を失いながらもミウムについて行った。


そんな唖然あぜんとしている彼を見て、ミウムの機械の腕――左の肩口に付いた黒羊ルーツーは笑っている。


ルーツーは研究所内に何があるのかも調べたようで、ミウムは迷わずに目的の場所へと向かった。


そして小さな部屋へと入ると、そこには金属や電子盤、さらには専門家でなければよくわからないガラクタの山が築かれている。


「こんなゴミから武器が作れんのかよ?」


「当然だろう。そうでなければ来ない」


ミウムは無愛想に返事をすると、置いてあるガラクタの山を漁り始めた。


彼女はそこからいくつかの部品を握り、ルーツーをコンピューターに接続して電子メスを持って作業を始める。


「一から造るつもりかよ?」


ブレイクが訊ねると、ミウムは作業しながら首を左右に振る。


「一からではない。すでにあるものを組み合わせるだけだ。ルーツー、半導体のほうはどうだ?」


《前に使ってたヤツよりも出力は落ちるが、なんとかレーザー砲に組み込めそうだぜ》


ブレイクはミウムたちの会話を聞いてまた呆れた。


彼がそう思うのもしょうがないことだった。


現在の技術では電磁波のほうが扱いやすく、彼女たちがいうレーザー兵器はあくまで補助的な装備だったからだ。


この時代のレーザー兵器は、爆発物、無人機やドローン、小型自爆ボートなどの脅威に対処することを目標とするものであり、対人兵器に使用するなど夢のまた夢の話だ。


共和国にあるすべて学校の模試で一位を取るほどの学力のあるブレイクは、それなりに科学の知識もあり、半導体の原理もそれとなく学んでいた。


「おい、いくら未来の技術でLDを強化しても、電磁波のほうが威力は上だろ?」


半導体レーザーとは、レーザー発振の条件を満たしたLEDのことで、LD(Laser Diode)と略される。


両者には半導体を流れる電流エネルギーによって発光するなどの共通点が多く、ほとんど同じ回路を利用できるのだが。


それでも超強力なレーザーポインターといった程度なのだ。


だが、ミウムはブレイクのいうことなど気にせずに黙々と作業を続けた。


そんな彼女を見たブレイクは、再びレーザー兵器の無意味さを伝えようとしたが。


《へへ、まあ見てなって。スゲーもんができるからよ》


彼女の肩口に付いた黒羊が二ヒヒと笑みを浮かべてそう言った。


そう言われたブレイクは、壁に背を預けてただ待つことにしたのだった。

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