#216

夜の暗い闇の中で、ロウルはぼんやりとたたずんでいた。


先ほどミックスを打ち倒した湖水こすい公園から見えるバイオニクス共和国を象徴する管制塔――アーティフィシャルタワーの前で。


彼がここへ来た理由は単純なものだった。


それは七年前――。


アフタークロエと呼ばれるストリング帝国との戦争に勝利し、共和国が創設されてから変わっていないのは、この管制塔だけだったからだ。


自分は戦勝国の上層部という地位を手に入れながらも、それを捨てて野に下った。


止める者は多くいた。


どうしてだ?


これから今までの苦労がむくわれて何不自由のない暮らしができるじゃないか。


そこにあなたがいなくてどうする?


義理の父であるバイオが聞いたらどう思うか。


頼むから共和国に残ってくれと。


「もし親父が聞いたら……お前らしいなぁ、って言ってくれただろうよ……」


独り言を呟いたロウル。


懐かしいという感情とは違う。


感傷でもない。


むしろ怒りだ。


彼は共和国の現状にいきどおりを感じていた。


この国は、研究者や科学者であふれ、後は右も左もわからない未成年ばかりだ。


さらには、テストチルドレン呼ばれる共和国内にある研究所の被検体に選ばれた子どもたち。


共和国に住む学生のほとんどがテストチルドレン出身であり、その脳には記憶操作のチップが埋め込まれている。


大昔にあったロボトミー手術の応用だ。


ロウルはアーティフィシャルタワーを見上げながらぼやく。


「かつてマシーナリーウイルスの人体実験を繰り返し、その非道さゆえに立ち上がったはずのバイオナンバーが、現在はその帝国よりも恐ろしい実験を行ない続けている……。これを皮肉ひにくと言わずなんだって言うんだよ……」


今は亡き父バイオのことを思い出しているのか。


父の作った組織を止められなかった自分を情けなく思っているのか。


ロウルの瞳からは涙が流れていた。


「みっともねぇな……。中年男の涙なんてよ……」


感傷などなかったはずなのに――。


そう思いながらロウルは笑う。


「だが、まだ間に合う……。少なくとも、上層部が考えるマシーナリーウイルスと合成種キメラの融合という夢は潰せる」


涙を拭い、その場から離れようとしたロウルだったが。


そのとき、彼の目の前にドローンが現れた。


ロウルと同じくハザードクラスに数えられる死の商人デスマーチャント――フォクシーレディが経営する会社。


エレクトロハーモニー社が造り出した人型の戦闘用ドローンであるナノクローンだ。


全高3.5m 重量2.2t 無骨な金属装甲にブルーのカラーリングが施された集団が、スモールコーラス――ビーム兵器の銃口をロウルへと一斉に向ける。


「帝国の次は共和国の護衛ごえいってとこか。でもまあドローンを出してくる辺り、人員が出せない状況みたいだな」


ロウルは特に身構えることなく、ナノクローンの集団へと歩いていく。


「おい、見てんだろ? 俺はてっきりハザードクラスかそれくらいの奴をぶつけてくるかと思ったが、どうもそうはできないみたいだな。ベクターの奴が頑張ってくれてるせいか?」


彼の言葉にナノクローンの集団は何も答えない。


キュィィィッと銃口を付けた腕を鳴らし、スモールコーラスの発射準備に入る。


夜の闇を、水に映った光のような輝きが照らし始める。


「それとも帝国と同じで俺のことを甘く見てんのか? だったら思い出せさてやるよ」


そして、ナノクローンの腕から一斉にスモールコーラスが発射された。


眩い光に包まれたロウルは思う。


(とりあえずこいつらの装甲をぶち抜いて、連中のやっていることが無駄だってことから教えてやるとするか)


ハザードクラス――非属ノン ジーナスのロウル・リンギングが動く。


アーティフィシャルタワーの前は轟音ごうおんと破壊で埋め尽くされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る