#190

必死ひっしになって名をさけぶヴィクトリアを見たブレイクは、それが彼女のおとうとであることに気が付いた。


ブレイクは以前にメディスンから、何故ヴィクトリアが暗部あんぶ組織ビザールに入ったのかを聞いていた。


それは行方不明になっていた彼女のおとうとが、生物血清バイオロジカルに参加したと知ったからだ。


そして、ヴィクトリアはついに目的の人物であるゼンオンを見つける。


「姉さん……ヴィクトリア姉さんなんだね……?」


「そうよゼンオン! アタイだよ! あんたのお姉さんヴィクトリアだよ!」


ヴィクトリアはそう声を張ると、ほうけた顔をしている小柄こがらな少年――ゼンオンのことを抱きしめた。


あのとき、研究施設の人間を皆殺しにして消えた弟とやっと再会できた。


これまで暗部組織――やみの世界で、危険きけん任務にんむの中でいのちからがら生きび、こうやって再び弟を抱きしめる日を、ヴィクトリアがどれだけ待ちわびたことか。


その心中しんちゅうは、きっと本人でなければはかり知れないものだろう。


「よかった……生きていてくれて……ホントによかった……」


なみだを流しながらの抱擁ほうよう


それは、今まさにこれまでのヴィクトリアの苦労くろうむくわれた瞬間だった。


二人のそばで抱き合う姉弟きょうだいを見ていたブレイクは舌打したうちをしたが、その内心ないしんでは彼女のことをいわっていた。


彼にも唯一ゆいいつの家族――いもうとのクリーン·ベルサウンドがいるからわかるのだ。


大事な者をうしな恐怖きょうふや不安、そしてその人をいつくしむの気持ちを。


だからといって、大手を振ってよろこんで見せたりしないのが、実にブレイクらしい。


「よかったな……。これでもう……」


ブレイクは泣きながら弟の体を抱くヴィクトリアを見て思う。


これでヴィクトリアは暗部から身を引くことができる。


そうだ、こんな闇のそこは彼女には似合わない。


かがやく太陽の下――陽の当たる場所こそが彼女に相応ふさわしい。


これからの人生で、きっと暗部に身を置いていたことが足かせになることが多いだろうが、そこはメディスンがなんとかしてくれることだろう。


あのスーツが似合わない男は、なんだかんだいっても面倒見めんどうみが良いのだ。


「そうさ……闇の世界ってのはクズだけがいればいい……。それ以外のヤツはかかわっちゃいけねぇんだ……」


ポツリとひとごとを口にしたブレイクは、その場からろうと足を動かす。


ヴィクトリアとゼンオン姉弟の姿に、彼は一体に何を思ったのか。


つぶやいた言葉と、今の彼の表情からさっするにあまり明るいことではなさそうだった。


「待ってよブレイクッ!」


その場から去ろうと歩き出していたブレイクを、ヴィクトリアが呼び止める。


彼女は振り返ったブレイクに向かって、涙をぬぐいながら精一杯せいいっぱい笑ってみせた。


「やっぱりあんたスゴい。そのちからでいろんな人を死からすくってる」


「あん? やっぱテメェ、頭にたい焼きの餡子あんこまってんじゃねぇのか? テメェが来なきゃオレは、そいつをり殺してたぞ」


「そんなことないよ」


ヴィクトリアはゼンオンのきずを見て、深く切りかれているわりには、命にかかわるようなものではないという。


それは、できることならてきとはいえ、なるべく相手を殺さずに済むようにしたのではないかと、ブレイクにいかける。


「一見、粗野そや破天荒はてんこうな感じだけど……。あんたが動いた影響えいきょうで、多くの人の命が助かっているの事実じじつだよ。……少なくとも、アタイはそう思う……」


「なにをいうかと思えば、くだらねぇ……。勝手にそう思ってろ、たい焼き女が」


「うん、じゃあ勝手に思ってる。それとアタイはたい焼き女じゃなくてたい焼き女ギャルだから! そこはゆずらないっしょッ!」


「チッ、口のらねぇ女だな」


「ふふん、そこがアタイの売りだからね~。今日もアタイ、ヴィクトリアは、世界をパッと明るくしてやる!」


そうやって、ヴィクトリアが両手を高々と上げた瞬間――。


彼女の腹部ふくぶからナイフのが飛び出した。


「な、なにこれ……? えッ……? なん……なの……?」


突然腹部が血塗ちまみれとなったヴィクトリアは、自分に何が起きているのかもわからないまま、その場にたおれた。


ヴィクトリアが倒れると、そこに彼女の弟であるゼンオンが分厚ぶあついナイフをにぎって笑っている。


「ホント来てくれて助かったよ……ヴィクトリア姉さん。これでボクは共和国最強の男……ブレイク·ベルサウンドをれるんだッ!」

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