#166

それからヴィクトリアはアイスクリームトラックを走らせ、最初にエアラインやリーディンと待ち合わせに使ったたい焼き屋の地下ちかへともどる。


店内へと入り、店員に「めでたいをおねがいします」と彼女が言い、案内あんないされたエレベーターに乗りむ。


エレベーター内でブレイクは、ここでメディスンに会うのかと怪訝けげんな顔をしていた。


だがそんな彼とは対照的たいしょうてきに、ヴィクトリアのほうはご機嫌ごきげそうだ。


ブレイクに愚痴ぐちを聞いてもらったのもあったのだろう、先ほどあれだけエアラインの上司じょうしに当たるイーストウッドにおこっていたというのに、今はすっかりわすれてしまっているかのように見える。


そして到着し、エレベーター前の部屋のふすまを開けると中にはたたみかれており、大きな卓子たくしが見える。


さらにその卓には、山のようにみ上げられたたい焼きがさらっていた。


「やっと来たか」


おくすわっている男が、ブレイクたちを見て口を開いた。


ブレイクとヴィクトリアの上司に当たる男。


暗部あんぶ組織そしきビザールのリーダーの一人――メディスンだ。


「メディスンさん! これは一体どうなってるんですか!」


ヴィクトリアは部屋に入るなりに声を張り上げた。


そして、そのまませきに着くと卓の上にあったたい焼きに手をばして、それを口にパクッとふくむ。


ブレイクは、この女、まだ食べるつもりかと、あきれながら彼女に続いて畳にこしを下ろす。


機嫌がよさそうだったヴィクトリアはどこへやら。


彼は、ふたたわめく彼女と対面たいめんするメディスンをしずかにながめていた。


「エアラインのことは、友だちだしぃ、これまでも一緒に戦ってきた仲間だしぃ、きらいじゃないですけど……。今回の任務にんむかんしてはちょっとひどくありませんッ!?」


「ああ、お前のいうとおりだヴィクトリア。事前じぜんに何も言わずに任務の変更へんこうなどあってはならない」


「でしょでしょ! だいたいなんでイーストウッドさんが出てくるんですかッ! アタイたちはメディスンの人間なのにッ! いや、だからエアラインにだけ連絡があったのかもだけど……ともかくッ! 酷いですよねッ!!」


「その怒りはもっともだ。イーストウッドは酷い、というか間違まちがっている」


「ですよねですよね! そりゃアタイたちビザールの犬だけど、いくら従順じゅうじゅんい犬だってそんなことされたら怒りますよ!」


「その通りだ。だが、お前たち飼い犬ではない。俺にとっては優秀ゆうしゅう猟犬りょうけんだ」


「えッ? い、いや~、そんなあからさまにめられるとれちゃいますな~」


メディスンはたい焼きを頬張ほおばりながら喚くヴィクトリアの怒りにい、彼女の意見いけん肯定こうていし、そして褒めだした。


その様子は、女性のあつかい――いや、正確せいかくには怒ったときのヴィクトリアの対処法たいしょうほう熟知じゅくちしているように見えた。


彼女の好きなあまいものを用意し、言葉をしゃべくすまで話にみみかたむけて相槌あいづちを打つ。


それ見ていたブレイクは、メディスンが今ヴィクトリアにしている対応たいおうが、自分がいもうと――クリーン·ベルサウンドからまなんだ女性のあつかいの上位互換じょういごかんだと思っていた。


(なるほどな。好物こうぶつうまい食いもんをやれば、さらに苛立いらだった女をおさえるのに効果こうかがあるのか。さらに肯定するだけじゃなく、褒めてやるわけか。こいつは勉強なる)


ブレイクは、自分はこんなときに何を考えているんだと思いながらも、こっそりと自嘲じちょう気味ぎみに笑った。

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