#106

土砂どしゃりのあらしの中を立っているリーディン。


ジャズは、彼女が何かしてくれたのだと思い、声をかけた。


助けてくれてありがとう、と笑みをかべて彼女に近づこうとする。


だが、リーディンはそんなジャズをにらみつけた。


「なにを勘違かんちがいしているのよッ! そいつはたん邪魔じゃまだっただけなんだからッ!」


その怒鳴どなり声によりジャズの足が止まる。


リーディンはそれを見ると言葉を続けた。


自分があの青い戦闘用せんとうようドローンから、あなたたちをまもったとでも思っているのか。


何故そんなふうに考えるのだ?


ふざけるのも大概たいがいにしろ。


自分はそこの化け物をころしに来ただけだ、と。


彼女はジャズの態度たいど余程よほどあたまに来たのだろうか。


これまでにないほどの早口はやくちまくし立てていた。


「あなたはストリング帝国ていこく将校しょうこうでしょ!? あのとき、ルドベキアホールにいたんでしょッ!? ならワタシのかたきじゃない! 今すぐその化け物と一緒いっしょに殺してあげる!」


「待ってリーディン! 話を、あたしの話を聞いてッ! 彼は、ライティングはまだッ!」


「彼の名を呼ぶなといったでしょッ!」


リーディンはトレンチコートの内側うちがわから出したトランプカードを持つと詠唱えいしょう


禍々まがまがしいひかりはなち出すトランプカード。


そして、それをジャズへと投げつける。


ジャズはそれをころがってかわしたが、彼女のうしろにあった貯水ちょすいタンクが爆発ばくはつ


ただでさえ水浸みずびたしだった屋上おくじょうに、さらに水がき出されていく。


貯水タンクのうらにはサービスをかくしてある。


今の爆発で怪我けがをしているかもしれない、とジャズはすぐにでも飛び出して行きたい心境しんきょうだ。


だが、下手へたに動けばリーディンのまとにされてしまう。


それに、たとえサービスを助け出したとしてもその後はどうする?


エレベーターが動かないうえに、非常ひじょう階段かいだんはナノクローンによって半壊はんかい状態じょうたい


屋上にもう逃げ場はない。


しかし、ジャズの目はまだあきめてはいなかった。


水を噴き出している貯水タンクへと走る。


そのあいだも禍々しく光るトランプカードはジャズをねらって飛んでくるが、彼女は持ち前の運動うんどう神経しんけいで避けながらサービスを確保かくほ


「サービスッ! ケガはないッ!?」


ジャズは眠っている幼女ようじょの体を見た。


さいわいなことに、どこにも怪我はなさそうだ。


彼女が安心していると、リーディンはすぐそこまでせまってきていた。


「そんなところに隠してたの? ちょうどいい、さが手間てまはぶけたわ」


「リーディン聞いてッ! ライティングは生きているの! 今はノピア将軍しょうぐんのところで手厚てあつ看病かんびょうされているわ!」


「そんな話が信じられるわけないじゃないッ! あなたは自分が助かりたいからってワタシが動揺どうようしそうなうそをいっているだけでしょッ!」


「嘘じゃないッ! 信じてリーディン! おねがい、あたしを信じて……」


悲願ひがんしたジャズだったが、リーディンに彼女の言葉はとどかなかった。


リーディンはすでにトランプカードをかまえ、詠唱を始めている。


(あたしじゃ無理だ……。信じてもらえっこない……)


ジャズはサービスを守らなければいけないと思いながらも、リーディンに手を出すことができなかった。


すでに追い詰められ、たとえ負けるとわかっていても、反抗はんこうしなければただ殺されるだけだ。


自分のいのちなら投げ出せる。


今までだってそうやって生きてきた。


しかし、他人たにんまもるには自分は非力ひりきすぎる。


無力むりょくなうえにあますぎる。


ジャズは自分がどうしたらいいかわからなかった。


サービスのために戦いたい。


だがリーディンをきずつけたくない。


矛盾むじゅんする二つの思考しこうが、彼女の体をくさりのようにしばっていた。


(みんなが笑顔になるようなハッピーエンドなんて……あたしのちからじゃ無理なの……)


「飛び降りろジャズゥゥゥッ!」


そのとき、屋上の下から大声。


その声は豪雨ごううにもかみなりにも強風きょうふうにも負けずに、ジャズの耳へとたしかに聞こえた。


そして、その声を聞いたジャズの目には光が戻る。


「まさか、本当に飛ぶつもり?」


たずねるリーディンに、ジャズはまるでひとごとのように返事をする。


大丈夫だいじょうぶ……あたしにはあいつがいたわ。どんなときだっていっつもくびを突っ込んで来てくる、あいつが……」


「なにをいって……って、まさか本当にッ!?」


ジャズはおどろくリーディンを尻目しりめに、何のまよいもなくさくを越え、屋上から飛び降りた。

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