#78

――後日談ごじつだん


ブレイクの無差別むさべつ襲撃しゅうげき事件じけんは、バイオニクス共和国きょうわこく上層部じょうそうぶによって、まるで何事なにごともなかったかのようにまされた。


彼におそわれた重軽傷者じゅうけいしょうしゃ当然とうぜんたくさんいたのだが。


ろくにニュースにもならずに、街はふたた平穏へいおんな生活へともどる。


「おかしい、ぜぇ~たいにおかしいわ。この国はいったいどうなってるのよ……」


ジャズはその事実じじつを知って、共和国に住む人間のあまりの無関心むかんしんさに顔をしかめていた。


あれだけのことがあったというのに、この国の住民じゅうみんたちはどういう神経しんけいしているのか。


もしかして集団しゅうだん洗脳せんのうでも受けているのか。


ジャズがあらためてこの国は得体えたいが知れないと思っていると、よこを歩いているクリーンが、こまりながらも兄ブレイクのその後のことを話し始める。


その後、ブレイクの消息しょうそくは完全に途絶とだえ、いつも連れていた小鉄リトル スティールすらもクリーンのもとへ置いて消えてしまった。


今兄が何をしているのかはまったく見当けんとうがつかないが、彼女はあまり心配しんぱいはしていないという。


そのことを疑問ぎもんに思ったジャズがたずねると、クリーンはニッコリと微笑ほほえみ返した。


「あの後、二人でひさしぶりに話したんです……」


クリーンはそれ以上いじょうのことは何も言わなかった。


ジャズは彼女の態度たいどから、くわしいことを言いたくないのとは少しちがうと思ったが、それ以上追求ついきゅうするのを止めた。


きっとクリーンが安心あんしんできることをブレイクは言ったのだろう。


もうあのときのようにあばれるようなことはないはずだと、ジャズも笑みをかべる。


二人は、これからミックスのお見舞みまいいに向かうところだ。


下校中げこうちゅうにニコも連れて行こうということになり、先ほどりょうへと戻ったウェディングとは、後でミックスが入院にゅういんしている病室びょうしつ合流ごうりゅうする予定よていだ。


ちなみにウェディングには、小雪リトル スノー小鉄リトル スティールの二匹もついていっている。


どうやらリトルたちはニコと会うのが楽しみだったようだ。


ジャズは事件後にすぐにでもミックスの様子ようすを見に行きたかったが、今回の怪我けがはかなりひどく、彼は三日間みっかかんずっとねむり続けていたらしい。


そのあいだのいろいろな手続きや世話せわは、ミックスの担任たんにん教師きょうしであるアミノがいつもどおりりやってくれていたようだ。


そして、ようやく面会めんかい謝絶しゃぜつけたことをアミノに聞いた彼女たちは、早速さっそくミックスに会いに行こうとなった。


「あっ、私としたことが。お見舞いのしなわすれていました」


「いいって、そんなこと気にするようなやつじゃないよ」


「そういうわけにはいきません。ちょっと店に寄ってくるので、ジャズさんはさきに行っていてください」


クリーンとわかれたジャズは、しょうがなく一人でミックスの元へ向かうことに。


それから彼女は問題なく病院びょういんへと到着とうちゃく


受付でミックスの病室の場所をき、ちゃんと許可きょかてから彼のいるところへと向かう。


「ここだな」


コンコンコンと聞いていた病室のとびらにノックをしたが、返事がない。


ジャズは次に声をかけてみたが、やはり返事がないので勝手かってに入ることにした。


「お~い、あたしよ。入るからね」


彼女が中へ入ると、ミックスはベットの上でねむっていた。


スヤスヤと寝息ねいきを立てながら、じつおだややかな寝顔を見せている。


(結局けっきょく……最後さいごに立ったのはブレイクのほうだった)


ジャズはミックスの寝顔を見ながら、ブレイクとの戦いを振り返っていた。


もしあのとき、ブレイクがミックスを攻撃してきたとしたら?


自分に彼をまもることはできただろうか。


いや、たとえかなわなくても立ち向かわなければいけない。


このお人好ひとよしの男は、他人たにんとはちが特別とくべつな力があっても、けして完璧かんぺきではない。


だがそれにりずに、また誰かこまった人を見つけては今回のような無茶むちゃをするに決まっている。


そして、いつものように「でもまあ、こんなもんだよね」と、かわいた笑み浮かべ、それでみなと笑い合って事を終わらせるのだ。


もっと自分がしっかりせねば。


少なくとも何かあったときに、こいつの負担ふたんかるくしてやるくらいのことはしてあげたい。


ジャズがそう思いながら、ぼんやりとその顔を見ていると――。


「うぅ~ん……。あれ? ジャズかぁ」


ミックスが体を伸ばしながら目を覚ました。


ジャズは彼の顔を見つめていたのもあって、つい顔をそらしてしまう。


そして、あれから街がどうなったかと、クリーンから聞いた話を彼に伝えた。


「そっか……。また負けちゃったんだね、おれ……」


笑いながらいうミックス。


だがその態度を見て、彼が落ち込んでるのがジャズにはわかった。


彼女はなんとかはげましてやろうと思うのだが、言葉がうまく口にできない。


「カッコ悪いよね……。もう、いつもこんなんだよ」


そんなことない、今回だってカッコよかったよ。


ジャズはこころの中でさけんだが、当然ミックスに伝わることはなかった。


「あ、あのさぁ……。あたしはね……」


「うん? なに?」


「だからッ! あたしは今回も前のときも……あんたのこと……」


ジャズが心の中で思っていたことを言いかけた瞬間しゅんかん、病室の扉が開く。


そして、あらわれたニコとリトルたちがミックスへと飛びついた。


その後ろからは、ウェディングやクリーンの姿も見える。


クリーンは、ニコとリトルたちが嬉しそうにミックスにじゃれついているところに出てきて、いきなり頭を下げた。


「ミックスさん、ジャズさん、それにウェディングも……。今回のこと……ありがとうございました」


それからクリーンは皆にれいを言い始めた。


たくさん迷惑めいわくかけて申し訳なく思う反面はんめん


皆のしてくれたことによろこびが止まらないのだと。


彼女はなみだながらそのことを伝えていた。


そんなクリーンに合わせるように、小雪リトル スノー小鉄リトル スティール姿勢しせいを正してお辞儀じぎをする。


すると、なぜかニコまで頭を下げだしていた。


「でも、よかったよね。お兄さんとちゃんと話せて」


前に出てきたウェディングは、クリーンにハンカチを渡してなだめると、なぜかミックスのことをにらみつけた。


じーと怒りのこもった視線しせんを送りながら、ゆっくりと彼のほうへと近づいていく。


「ウェディング……? ど、どうしたのかなぁ~?」


「私……今回かんぺきにのけ者でした……」


「いや~そんなことないんじゃない? だってほら、クリーンのためにブレイクに飛びかかったって聞いてるし……」


「どうして呼んでくれなかったんですか?」


「なんでだろ? ど、どうしてかなぁ~?」


「忘れてたんでしょ?」


「いや、そ、そんなことは……」


「キィィィッ! みんなはいたのに私だけあの場にいなかったなんてひどいッ! 酷すぎますよせんぱいッ!」


「ちょっと待てってッ!? それは俺のせいじゃッ! うぎゃぁぁぁッ! やめろウェディングッ! 今回のはマジでヤバいんだってッ!」


ウェディングは力任せにミックスの体をつかんで振る。


そのいたみでミックスは絶叫ぜっきょう


だが、それでもミックスとウェディング以外は皆楽しそうにしていた。


「ハハハ、こいつのハッピーエンドっていつもこんな感じよね」


ジャズがそう言い、その中で誰よりも一番嬉しそうにしていたクリーンの顔には、もう涙は流れていなかった。


もうあの頃の――。


何も考えず、ただ兄の背中について行っていた頃の自分とは違う。


自分で考えて自分で行動できるのだ。


それに今の自分には体を張ってくれる仲間もいる。


クリーンはそう思うと、本気で痛がっているミックスを見ても笑いが止まらなかった。


「ぎゃぁぁぁ傷口が開いたッ! 医者をッ! 誰かはやく医者を呼んでくれぇぇぇッ!」

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