【幽霊部室】方舟の部屋数、増やすか減らすか(お題:スヴァールバル世界種子貯蔵庫)

那鶴なつるさん、お疲れ様で……っと、読書中か。すんません」

「いえいえ、大丈夫ですよー。今日はいつもよりちょっと遅いですけど……掃除当番でしたっけ、幸路ゆきじくん?」

「まぁそんなとこ、ろ……」

「……」

「……なんスかその目は」

「いいえ? わざわざ先生を捕まえてあれこれ質問してきたのに、下手な嘘で隠すなんていじらしいなぁ、と思っただけです」

「……そういうのは、見抜いても言うべきじゃないと思う」

「ふふっ、これは失礼しました。さ、お詫びにお茶はいかがですか?」

「ありがたく、いただきます。……で、那鶴さんは何読んでたの?」

「えーと、植物史……農業の興りと品種改良について?」

「疑問形なんだ」

「最終的には宇宙開発の話になるらしいですよ……?」

「ふーん……?」

「まぁ、それはともかく。はい、お茶とお饅頭です」

「いただきます」


「……那鶴さん、もしかしてだけど……」

「……な……なん、でしょう?」

「……もしかして……お茶っ葉、変えた?」

「……ぷっ、ふふっ、なんですか改まって!」

「いや、自信なかったから」

「ふふ……えぇ、変えましたよ」

「そっか……。お茶なんてゆっくり飲むこともなかったけど、案外わかるもんだな」

「この部室に出入りするようになったおかげ、ですか?」

「まぁ、そういうことになる」

「それは、嬉しいことです。おもてなし冥利に尽きますよ」

「那鶴さんがそれでいいならいいけど……もてなされるばっかりでいいのかな、俺」

「えぇ、勿論。この部室は、迷い込んでくる人、訪ねてくる人、皆の場所ですよ」

「立派な理念の割に、学校の『死角』なんだよなぁ」

「……空き教室がここくらいしかないんですよねぇ。それに、これはこれでいいんです。私はここでひっそり過ごして、元気な皆さんは、元気に各々の放課後に打ち込んでもらえれば」

「そういうもんかな。……まぁ、おかげで俺も人目を気にしないでいられるんだから、これでいいのか」


「ところで、幸路くん?」

「なんです、那鶴さん」

「そんなに『もてなされるばかり』が落ち着かないなら……ひとつ、頼まれごとをされてくれますか?」

「頼まれごと? お茶菓子でも買いに行くとか?」

「それもいいですけれど……相談事というか、折衝事というか……仲裁、というか」

「仲裁? 何か、トラブルでもあったのか?」

「私が、というか……に持ち込まれた相談事です」

「……相談、ねぇ。正直、関わりたくないんだけど」

「まぁまぁ、お茶も美味しかったでしょう?」

「……ウス」


「幸路くんは……『スヴァールバル世界種子貯蔵庫』って知ってますか?」

「スバールバル……は知らないけど、想像は付く、くらい」

「結構。要するに、多種多様な……それこそ世界全ての植物の種を保存して絶滅から守ろうっていう施設なんですけど」

「うんうん?」

「うちの学校も、その理念に近い部分があります」

「急に飛躍したな」

「してません。……『ぼくがいなくなったら、ぼくの絶滅だ』なんて言葉もあるように、人はそれぞれ個性があり、それぞれに違います」

「はいはい?」

「勉強が得意な生徒も。それぞれのスポーツを、芸術を磨く生徒も。幸路君のように、今は道に迷っている生徒も……それぞれにね」

「あぁ……。うちの学校は、校風として生徒に色々自由にさせてる、って意味ね。さっきのは」

「その通り! そういうことですっ」

「やれやれ……那鶴さんは、たまに大袈裟なんだから」

「すみません、つい……あはは」

「それで? 那鶴さんに、そんな個性あふれる学園についてどんな相談だって?」

「はい。そんな学園について……生徒の個性が一番に出る『部活・同好会』について。最低ラインを現状の五人にするか、引き上げるか、いっそ引き下げるか……そんな議論が立ち上がってるんですよ!」

「……フム?」

「さぁ、考えてみましょう! 方舟の中に、なんでもかんでも入れられるのか? それとも……ある程度は、予算や管理のためならば、近縁種はひとくくりにしてしまってもいいのでしょうか?」


「……そんな重要そうな相談が、なんでこんな校舎の片隅で茶ァしばいてるだけの部屋に……?」

「さぁ、なんででしょうね?」

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