【怪奇暴き】白銀落花(お題:おちる)

「助手くんはさぁ、雪がおちたところ、見たことある?」

「……あんまり馴染みはないですね。豪雪地帯の生まれじゃないんで」

「ふぅん。……じゃあ、うん。挨拶くらい、しておこうか。行こ」


 ボスはそう言って、ふらりと立ち上がった。ちょいちょい、と僕を手招きしながら……人差し指招きしながら、店のドアの奥へ歩む。僕は慌てて、整理していた資料をテーブルにとりあえず安置してついていく。


 ボスは、客用の正面ドアとも、僕の使う通用口とも違う、木製の古ぼけた扉の前に立ち、何事かをむにゃむにゃ唱えて扉を開ける。それから、がちゃりとためらいなく扉を開ける。


 そこは一面の白銀の世界であった。しんしんと、雪が静かに降り積もりゆく光景は煌めいていたけれど、そんなことに感動する余裕もない。


「おぉい、雪、雪や」

「……ボス」

「なんだい」

さぶいです」

「え、何。……あぁ、助手くんはまだ人間だったね」

「ずっと人間ですよっ!!」


 吹雪いているわけではないけれど、確かに積もった雪は冷たくて、暖房の効いた屋内からいきなり放り出されるとなかなかつらい。せめてコートを引っ掴んでからついてくるべきだった。


「まぁ、うん。悪いけど、急ぎの依頼なんだよね。ひとまずこれで我慢してちょうだい」


 ボスは、ぱちりと指を鳴らして僕の影を。靄になった影は、そのまま雪の粒とすれ違うように浮かび上がり、僕の身体の周りでダウンになる。……どういう原理の何なのか、さっぱりわからない怪奇現象だけれど、温かいことは確かだ。


「……ありがとうございます。で、何事ですか」

「うん。……さっきも言ったけどね。『雪がおちた』んだ」

「……そんなの、北国じゃ日常じゃないですか?」

「助手くん、君『雪が降る』と間違えてないか?」


「最初に間違えてたのはそっちでしょ」

「いやいや。私の『雪がおちる』は間違ってないぞ」


 さくさくと、薄く積もった雪を踏みしめながらボスは歩いていく。その足取りはブレず、しかし闊歩と呼ぶには少し遅い。周囲をきょろきょろとうかがっているが、僕のように雪景色珍しさに、ではないだろう。

 では何のために? ――と、聞くよりも早く、ボスの方が口を開いた。


「今回の依頼……いや、今回の非常事態は、神様の案件だよ」

「……はぁ?」

「『かみが天から失せたおちた』。……下手をすれば、このまま世界はバランスを失うよ」

「……はぁ!?」

「ははは、岩戸隠れといい東京水没といい、天気の神は無責任だねぇ!」

「そんッ、呑気な!」


 神話や映画と一緒にするんじゃねぇ!

 いよいよ狼狽するけれど、ボスはそんな僕にペースを乱さず、けろりとした様子で続ける。


「まぁ、ほら。今すぐ死ぬでもないし、ここだけの話、『雪』の相手は慣れてる……今は、助手くん、楽しみなさい」

「……えぇ」

「『雪』と……神様と一緒に咲き御散おちる六花なんてありがたいもの、楽しまなきゃ無礼ってもんだよ」


 上半身だけで僕の方を振り返って、黒髪に白雪を付けてボスは笑った。

 こうなったら、もう覚悟をするしかない。扉はきっと、もう消えている。


 溜息と一緒に迷いを落として、僕はボスに並び立った。


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