【神話都市】そして二人のはじまり(お題:おにぎり!)

(ここまでのあらすじ:「疑似神性文字事件」の黒幕であるフードの男と弥志郎やしろうの廃礼拝堂での決戦は、弥志郎の奇策と、純光すみれの奇跡によって幕を閉じた。二人は初めての修羅場で極度に消耗しつつも、その場を離脱。公園にて、夜は更けていく……)


 初夏の長い日も、とっくに沈んでいた。その闇の中で閃くパトランプは、流れ足りない血の色を強引に足そうとしているようで、弥志郎は反射的に「安心」でも「不安」でもなく「悪趣味」と感じていた。


「……ありがと」

「……こっちの台詞」

「ううん。あたしのセリフだよ」


 声のする方に顔を向けた弥志郎は、夜の闇が迫ってにも、公園の暖色のライトに照らされても、赤いライトが横切っても、なおも変わらず純白のままの純光をこそ、綺麗だと感じていた。どういう仕組みなのか、神としての奇跡なのか、女子高生としての努力の結実なのか、あるいはその詮索すらも無粋なのか。そんな前提さえも、何もわからないままだけれど。

 風が吹き抜けた。きっとその風も、どこかで何かの奇跡を起こすのだろう。道路の罅割れと裏路地の落書きをベースにした「疑似神性文字」は、まだ消えていないのだから……いつだって、この街のどこかにはあるのだから。ただ、それを意図的に捻じ曲げる人間は少なくとも一人、撃退した。二人には静かな充足感があった。


「あたしひとりなら、きっと、今夜も何か悪いことが起きてたと思う」

「何を言ってんだ、神様がよ」

「うん。あたしはかみさまだからね。奇跡を起こすにも、誰かが……ううん、きみが信じてくれないといけないんだ」

「……ふぅん」

「そう考えると、人間ってすごいよね。自分さえ信じることができれば、どんな無茶も出来る」


 からからと、少女は――少女の姿をした、神の成りかけは自嘲した。三時間前まで拳銃の実物を見たことがなかった少年を勝たせるだけの策、勇気、そして奇跡を与えてみせた権能は、所詮は信仰あってのものなのだと。


「……どうした、今夜は」

「……うーん。ほら、無茶させちゃったから」

「今更だろうが」

「ひどい」


 少年は、隣に座る少女を静かに見据えた。見た目は美しい少女、中身は世間知らずの少女。だけれど、その本質は神であり、ことあるごとに己を信仰しろという。しかし、今夜は随分としおらしい。随分と調子が狂ってしまうぞ、と彼は少し困ってしまった。


「……まぁ、なんだな。純光はそう言うけどよ」


 空を見上げて、弥志郎はぽつりぽつりと呟いた。星屑に名前を付けるように、ゆっくりと。


「俺は、純光がいたから今回の件、何とかなったと思ってる。……奇跡も、見せてもらったしな」

「うん……」

「だから、まぁ。ちょっとは信仰しんじてやらんでも、ない」

「……ふぇ?」


 途切れ途切れの信仰告白は、少女を元気づけるためという目的が半分。だけれど、もう半分は本当の気持ちだった。ひとの子を見透かす目と、先を見切る献策、その上で出来上がった瓦礫と弾痕による「真正・神性文字」による奇跡は、もはや神を騙る阿呆とは言えない代物だった。

 心身を疲労で軋ませながら、弥志郎は立ち上がった。しゅんと縮こまった純光を慰めるように、そっと、うつむいた視界の中に手を入り込ませる。


かえんぞ」

「え?」

「……手。まともに立てないんだろ。俺もそうだから」

「……はは、ふふ。そっかぁ」


 純光は、ゆっくりと手を取って、どうにかこうにか立ち上がる。その小さな体躯に頼られただけでふらつくほどに弥志郎は消耗していたけれど、彼もまた、ぎりぎりで踏ん張った。そうして、彼らは着実に前へ進み始めた。



「……ね、弥志郎くん。さっきのやつなんだけど」

「ん? さっきの……手?」

「そう。あれね、あたしがやった方がよかったと思うの」

「えーと……?」

「鈍いわねー。だからね、『消耗した信徒に手を差し伸べる女神!』『さぁ、お握り!』ってね? 神話の一ページっぽくない?」

「……腹減ってる女神もいたもんだな、って思われるだけだと思うぞ」

「えー……? ……あ!」

「まぁ、腹が減ってるのはマジだな……。なんか寄る?」

「あ、冷蔵庫の肉がヤバいから今日は直帰」

「所帯じみた女神もいたもんだ」


 幸か不幸か、疑似神性文字騒動によって季節に似合わず通行人は少ない。また、警戒も一通り終わったのか、パトカーや警邏飛竜パトバーンもいなくなっていた。

 夜の静寂の中で彼らは段々と、いつも通りからいつも以上の元気、あるいは空元気を取り戻した。もう必要ないというのに、互いの手は握られたままだった。

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