【神話都市】薄信の銃、迫る。(お題:銃)

(ここまでのあらすじ:道路の罅割れによる『疑似神性文字』を利用し、四大派閥を煽動し衝突させようとした少女【蝙蝠役者】もまた、使い捨ての駒のひとつだった。彼女を始末したフードの男は、彼女を追跡し、一部始終を目撃した弥志郎やしろう純光すみれを礼拝堂内で始末しようと動き出した)


「それにしても」

「あ?」

「見事、よね。手段がさ」

「……銃、がか」

「まぁ、そうね」


 打ち捨てられた礼拝堂の、その機材室の扉の傍で、純光はじっとりと黒い目を細めて呟く。その口調には言葉と反し棘があり、普段の超然とした余裕はどこにもない。

 弥志郎もまた、フードの男から目を離さないようにしたまま小さく会話を続ける。神話の根付いた街で無宗教という特殊性を持っている彼も、流石に直接的な凶器……銃口に狙われたことはない。少しでも軽口を叩かなければ、やっていられなかった。


「銃。凄いわよね。他人を害するための器物であり、この聖地都市では珍しい物理の武器。いかにも『悪人がいます』ってアピールになる」

「……この街の外およそでも珍しいぞ。悪目立ちする」

「知ってる。……だけど、案外この街で暗躍するにはありなのよ」

「……というと?」


 話が繋がらない。純光の語りに集中してしまわないように気を付けつつ、遮蔽物を確認しながら、弥志郎は問うた。純光は緩みなく答えた。


「鉛玉を放つ。それは、『土』……鋼鉄の恩恵でもあり、『火』……火薬の技術でもあり、『風』……飛翔の現象でもある。そして、不自然に『水』が関係しないから、水の手の者がカモフラージュに使った、とも連想できる」

「……つまり、銃だけじゃ四大派閥のどこの手のものかわからない、ってこと?」

「正解。……ふふ、そう、どこの鉄砲玉かわからない、ってね」


 暗躍とは、本来気取られないことが重要だ。第三者の介入があったと思われては、今回のような煽動は意味をなさない。だからこそ、フードの男は四大派閥のそれぞれに【蝙蝠役者】を潜入させ、「自分たちは自然に他派を、あるいは無宗教の網江弥志郎を疑った」と自分で決断するように誘導した。


 そのような仕込みをそれひとつで無為にするのが、銃だ。不自然なオブジェクトは何らかの――例えば、神の奇跡を受けられぬ聖地の外の――介入を連想させる。そうなってしまえば、情報の再検討なり、犯人捜しのやり直しなり、とにかくそこまでの議論と認識が振出しに戻ってしまう。


 だが、それがいいのだと少女は笑った。重苦しく、笑った。


「彼は……今、信じる寄る辺を持たない。そういう役を担っている。あの銃を、ただの武器ではなく『己の信仰を薄めるもの』として認識している。だから蝙蝠ちゃんに発砲した。弾痕があることで、『誰か』がいるとアピールして、ひいては自分を『誰でもない』者にした」


 弥志郎は、その小さな体と声に異様なまでの存在圧プレッシャーを感じていた。初めて神を名乗った彼女から発せられた風格カリスマとは似て非なるもの。他者の意志を押し潰しかねないもの。


「だけど、愚か。愚かなのよ。本当に信仰があるならば、己の神に沿った術を使えばいい。本当に信仰がないならば、銃なんて悪目立ちするものは使うべきじゃない。町で手に入るナイフでいい」

「……純光?」

「中途半端な信念で、中途半端に立ち回り、己の信心も、少女の信頼も打ち捨てる。他神様ひとさまのこととはいえ……ちょっと、あたし、看過したくないかな」


 その奥底には怒りがあった。フード男がこれまで仰ぎ、しかし今は蔑ろにされた神を想い、彼を慕った「蝙蝠ちゃん」を想っていた。そうして、純光は、名もなき神未満は激憤していた。


「見せてやりなさい、弥志郎くん」

「……何を」

「火薬より熱く輝き、銃弾より早く駆け、銃声より響く鬨の声をあげて」

「……はぁ?」

「あなたなら出来る」


 堂々と、純光は言った。その眼はもう、扉の隙間から、自分をかばうように半歩前に立つ少年に向けられている。


「あたしは君を信じてる。隣の席のあたしを助けてくれたクラスメイトを信じてる。かみさま未満のあたしに乗っかった信徒第一号を信じてる」

「……俺は、まだ」

「だから、あたしを信じて。吉成屋純光あたしを信じて。かみさまあたしを信じて。そしたら、奇跡を起こしてあげる」


 支離滅裂な語りだった。神が先に信徒を信じると言った。その言葉たちに弥志郎は困惑しながら、細くため息を吐くと、舞っていた埃がひゅるりと散り方を変え、輝き始めた純光の色に染まっていった。


「策は」

「ある。使い捨ての鉄砲玉にする気は、ないからね」

「そりゃどうも」

「信じてくれる?」

「……信頼は、してやる。信仰は、まだ」

「ん、ありがと」

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