52話 パーティ

「ごきげんよう、皆さん!」


 そしてよく通るその声に、皆の視線が吸い寄せられる。きらびやかに着飾った豪華な広間へとゆっくりと階段を降りて、待望の二人の姿が現われた


「まあ……」

「とてもお似合いだな」


 招待客が息を飲むのを、アビゲイルはまるで楽しむようにゆったりと見渡している。その横で、トレヴァーは少し緊張しているようだった。


「お父様、そしてレミントン男爵。素晴らしい夜ですね」

「ああ……なんて綺麗なんだアビゲイル」

「果報者だな、トレヴァー」


 それぞれの両親にまず挨拶をして、形ばかりレミントン男爵が開会の挨拶をすると、夜会がはじまった。ティオールの街でもここのところで最大の夜会である。


「すごい人ですね、レイモンドさん」

「ええ……この街の名士が勢揃いですね」


 そんなレイモンドの元にも、何人かが挨拶にくる。マイアは仕事の顔に切り替えた彼の横顔を見ていた。


「やあ」

「あらっ」

「見違えたよ。まるで妖精のようだ」


 そう言って、マイアに声をかけて来たのは『ローラ・アルダーソン』こと小説家ダグラスさんだった。


「その後調子はいかがですか」

「絶好調だよ」

「新作も読みました。とても面白かったです」

「それは良かった。次は……そうだな魔術師と貴公子の恋物語にしようか……?」


 ダグラスさんはちらりと横のレイモンドを見た。


「えっ、えっ……!?」

「そのうち取材させてもらうよ」

「ちょ……」


 マイアが慌てているうちにダグラスは笑いながら人混みに消えていった。


「すみませんマイアさん、ほったらかして」

「いえ」

「食事にしましょう」


 そこにレイモンドがやってきて二人はとりあえず食事をとりながら人混みを見ていた。


「こんな所まで来て仕事の話なんてつまらないですからね。適当に切り上げました」

「大丈夫ですか?」

「アビゲイルのお祝いの席ですからね」

「そうですね」


 そう頷きながらマイアがぱくりと口にした牡蠣のパテは濃厚な海の香りでおもわずうっとりしてしまう。そんなマイアにレイモンドが話しかける。


「マイアさん……そろそろ、借家でも借りませんかね。良い物件を見つけたんです。フローリオ商会からも近くで」

「え……あ……そうですね。いつまでもアビゲイルの所に居るわけには……」


 今の仮の暮らしではなく、街に居を構える。いずれそうしなければならないのは分かっているけれども……。


「……あの、私……」


 そんなはっきりしないマイアの反応レイモンドはじっと黙って横で見ている。その時だった。


「マイア!」

「アビゲイル!」


 アビゲイルとトレヴァーのカップルがふたりの前に現われた。


「婚約おめでとう」

「ありがとう」


 アビゲイルはマイアの祝福の言葉に頷くと、マイアの腕をするりと掴んだ。


「レイモンド、マイアを借りるわよ」

「ああ。こっちは男同士の話でもしてるよ」

「助かるわ」


 そしてぐいぐいとマイアの手を掴んで、会場を突っ切っていく。


「どこに行くの、アビゲイル」

「例の篤志家の方達よ。紹介するわ」


 そこには上品な男女が集っていた。


「皆様、こちらが『ランブレイユの森のマイア』です」

「あら、こんばんは」

「はじめまして……」


 マイアはおっかなびっくり彼ら彼女らに挨拶をした。


「子供のための職業訓練をしたいんだって?」

「あ、はい……」

「マイア、この方は孤児院に寄付をされているの」

「そうなんですか」


 マイアがその老紳士を見ると、彼は温厚そうな顔で頷いた。


「一から作るより、孤児院に併設する形の方が良いかと思ってね。こちらとしても子供達の役に立つことをもっとしてやりたい」

「それはいい考えですね」

「それで聞きたいのだけれど、なぜ私財を職業訓練校を作る事に回そうと思ったんだい。その……言っては悪いが君はまだ若いのに」


 彼の疑問ももっともである。おしゃれや生活の為に使う方がきっと若い娘としては普通なんだろう。


「……私も孤児だったので」


 マイアはしばらく考えて、そう言葉を発した。


「たまたま魔術師に拾われて、今こうして仕事をしています。そうでなかったら街で物乞いをしていたかもしれません」

「なるほど、あなたはそこで救われたのですな」

「ええ……。ええ、そうです。だから一人でも私のような子を救いたいのです。それが彼に対する恩返しになるんじゃないかって……」


 ――アシュレイ。絶望と恐怖で震えていたマイアの元に降り立った、変わり者の魔術師。マイアはアシュレイの姿を思い出してなんだか手が震えるのを感じた。


「なるほど。協力させてもらいましょう」

「私も結婚してからもこの事業を手伝わせて貰いたいと思っているのよ」


 老紳士が頷き、アビゲイルがにこやかに答えている横で、マイアの心臓はばくばくと音を立てていた。


「……マイア? ちょっと顔色が悪いわよ!?」

「あ……ちょっと」

「気分が悪いの? ……ごめんなさい、人混みに酔ったのかもしれないわ。あとでまたお話しましょう」


 気が付くとマイアは冷や汗をかきながら立っていた。アビゲイルがそんなマイアに気付いて慌ててバルコニーへと連れて行く。


「さあ、外の空気を吸って……」

「ごめんなさい」


 マイアはぐったりとベンチに座りこんだ。


「せっかく、慈善事業の話をしてくれていたのに……」

「そんなのいつだってできるわ。どうしたの」

「それは……」


 ただ、チラリとアシュレイの事を考えただけだった。ここ数日、考えないように思い出さないようにしていたアシュレイの事を……。


「……森の家のことかしら」

「……ええ」


 アビゲイルにそう言い当てられて、マイアは観念したように頷いた。


「どうしてかしら……出てきた時よりも、あの場所の事を考えるのがとても苦しいの……」

「マイア……」

「アビゲイルも……レイモンドさんも親切で、大好きよ。でも……でも……」


 とうとうマイアの瞳からぽろりと涙がこぼれた。


「……この街にアシュレイさんは居ないの」


 そう、言葉にするとマイアの涙はもう止まらなかった。アビゲイルはすっと彼女にハンカチを渡すと、しばらく無言で彼女の背中を撫でていた。

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