50話 祝福
マイアはしばらくそんな風にしていたが、きっと顔を上げるとエリーのいるマダム・リグレの店に向かった。
「あ、マイア。ちょうど仮縫いが終わったところよ。ほら見て」
「わ……」
薄青の直線的なデザインのドレスにふんわりとしたシフォンの袖。
「さすがに全部はまかせて貰えなかったけど、全面の銀糸の刺繍は全部私がやったのよ」
「素敵……」
マイアはそっと繊細そうなその刺繍にふれた。
「これを私が着るの……?」
「注文したの、あなたじゃない!」
エリーは呆れたように言った。ちょうどいいという事で本縫い前にサイズを合わせ、マイアは工房を出た。
「完成したらお届けにあがります」
「はい、わかりました」
刻一刻とアビゲイルの婚約パーティが迫っている。寒色系のドレスだからまたあの翡翠のネックレスをしようか。そうマイアが考えた時だった。
『僕、待ちますから!』
ふっ、とレイモンドの言葉がマイアの頭の中に蘇った。
「……やっぱりやめよう」
あの翡翠はアシュレイとの思い出の品。それを首にかけてレイモンドの横に立つのは彼に対して失礼だと思った。
「すみません……」
「はい、なにをお探しでしょう」
マイアはいつかアシュレイの眼鏡の金の鎖を買った宝飾店に訪れた。
「友人の婚約パーティにしていくアクセサリーを……見立てていただけますか」
マイアは店員にそう相談した。主役よりは少し控えめなほうが良いとアドバイスされて、小花のデザインのアクアマリンのネックレスとイヤリングを買った。
「待ちます、か……」
あの言葉でレイモンドの気持ちは十分伝わった。そして……マイアも決してそれが嫌だとは思わなかった。いつだってマイアのために手をつくしてくれた人。そして今も、マイアを気遣ってくれる人。その人の気持ちが嫌であるはずもない。
「……そう、よね」
マイアは買ったばかりのアクセサリーの箱を握りしめた。この街で暮らして行くのに、彼の側はとても自然で居心地がいい。なにも問題はないはずだ。マイアは自分にそう言い聞かせながらアビゲイルの家へと戻った。
「おかえり」
「ただいま」
「あら、買い物してきたの?」
「ええ。あなたの婚約パーティの時につけるネックレスを」
「まあ見せて」
アビゲイルがせがむので、マイアは箱の中身を彼女に見せた。すると、アビゲイルは嬉しそうに微笑んだ。
「あら、私のネックレスは赤い薔薇のつぼみデザインなのよ。おそろいみたいでいいわね」
「よかったわ。ドレスも素敵に仕上がりそうよ……楽しみね」
「ええ。私達のお披露目が終わったら婚前旅行なんていいかも……マイアも一緒に行きましょうよ」
「それは変よ。今度こそトレヴァーさんに怒られちゃう」
舞い上がっているアビゲイルを、マイアは笑いながら制した。
「今度はレイモンドがエスコートするのでしょう?」
「え、ええ……」
思わずつかえて答えたマイアに、アビゲイルは眉を寄せた。
「なあに? 喧嘩したんじゃないでしょうね?」
「もちろんよ……そんな訳ないじゃない」
「そうよねぇ。逆に見て見たいわ二人が喧嘩をするところ」
アビゲイルは何かあったな、と思ったがそれ以上はつっこまないで置くことにした。
「それより、当日は私あなたを色々な人に紹介するのが楽しみなのよ」
「え……お仕事ならこの間の劇場の照明をきっかけに沢山入っているけど?」
「それだけじゃないわ。篤志家の方にあなたの職業訓練所の基金の話を聞いて貰うのよ」
「篤志家……」
「あなたの志に賛同してお金を出してくれるって人、何人かもう居るの。その方々に挨拶すすいい機会だわ」
アビゲイルはマイアの知らないところで動いてくれていたらしい。
「ありがとう。でも、あなたのパーティなのよ」
「いいの。私っていうよりお父様の為のパーティですから。貴族や財界の名士にこれでもかってつながりを作るためのね」
「アビゲイルも大変ね」
「まーね」
愚痴っぽく言いながらもアビゲイルは軽く流した。これからトレヴァーと一緒に居られるならそれくらいは些細なことなのだ。そして銀行家の一人娘に生まれて、愛する人と祝福されて一緒になれるなんて、幸福にもほどがあるのだから。
その頃、夕方になろうというランブレイユの森の家がアシュレイしかいないのにやたらと騒がしかった。
「……これでよし」
「ここここ!」
「ははは、これでお前たちの出番はないぞ。粉と酵母を入れればあとは勝手にふっくらパンが焼ける自動魔導オーブンだ」
「ここここ!?」
アシュレイはぐっちゃぐちゃの台所で妖しげな黒い箱を魔法で生成していた。
「お前達の役目は終わった、ゴーレムよ土に還れ……」
「こここーっ!」
「あ、こら逃げるな! おい!」
生命の危機……? を感じたのか分からないがゴーレム達は一斉にドアを開けて外に逃げ出した。
「おーい、こら! 戻ってこい!」
『何をやっておるのだ』
家の前で怒鳴り散らすアシュレイの元にカイルがやってきた。
『あれは随分長く使役されたから土の精霊になりかけている。あまり無体はするな』
「そうか、やたらうるさいのはその所為か」
『ほれ、ちゃんと土産に妖精の作った梨の酒を持ってきた。家に入れろ』
「……」
『別にもう説教くさい事は言わん。少し飲もう』
カイルは一歩家の中に入り、その惨状を見るとくるりとアシュレイを振り返った。
『やはり、奥の泉でしっぽりやるかな』
「……ああ」
アシュレイも荒れ果てた家から離れたい思いもあり、カイルの提案に乗った。森の奥にある泉の小さな滝の音を聞きながら、二人は杯を掲げた。
「……森の酒場にようこそ」
そのカイルの言葉に反応するようにチカチカと光の精霊は点滅する。ほの明るいその場所で二人は黙って酒を飲んでいた。
「こんな夜だ。……マイアを拾ったのは」
妖精の作った強い酒をなめるように飲みながら、アシュレイはぽつんと漏らした。
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