22話 遺したもの
「亡くなったモーガンさんは私の遠縁にあたるってことで、よくウチの店にカーテンを注文してくれたりしていたんですよ。それで私は屋敷に出入りしていて……アルマという猫をそれはもう可愛がっていました。死ぬ前もアルマの昼寝用のクッションの布地を一緒に選んだんです。お針子に頼んで出来上がったのを届けに行ったらもう屋敷は大騒ぎで」
セドリックはいたわしそうに眉をよせて、モーガンという老人が亡くなった直後の様子を語り、ため息をつく。その話を黙って話を聞いていたレイモンドは振り返ってマイアに聞いた。
「できますかね。マイアさん。動物の声を聞くなんて」
「……うーん。人間の言葉みたいにするのは難しいです。なんというか……彼らには彼らなりの感情の表現があるんです。それを無理矢理に人間の言葉に当てはめるのは難しいです」
「そうですか……」
レイモンドはちょっと残念そうだ。なにか勘違いさせたと思ったマイアは慌てて手を振った。
「あ、でも簡単になら出来ます。例えば『はい』『いいえ』とかそれくらいなら。長く人の側にいる猫ちゃんならもうちょっとお話してくれるかもしれないですけど。逆にそれくらいしか使えない魔道具……要りますか? 一度きりなら私、魔法で猫ちゃんの気持ちを聞きますよ」
単純な魔法でも、魔道具に加工すると手間と時間、そしてなにより費用がかかる。それよりもこの場合は魔法でなんとかした方がいいのではないかとマイアは思った。
「それは……実はもうやったんです」
セドリックはとても言いにくそうにそう切り出した。
「え、それで次の飼い主が決まらなかったんですか?」
「モーガンさんの妹が魔術師をつれてきてアルマに誰が飼い主がいいか聞いたんです。それでその妹さんが選ばれたら魔術師がいかさまをしていると親族から物言いがついて……」
「それでいつまでも揉めているのですか」
マイアは呆れた。なんて醜い争いだろうか、と。するとレイモンドが口を開いた。
「この相続争いはこの街の社交界でも大変な噂になってます」
「まあ……」
「ですから費用の心配はありません。選ばれた人の相続分からお代は貰えばいいのですから。たとえ断られても宣伝になります。今、話題の相続問題を解決した魔道具師あらわる、ってね」
レイモンドは少し興奮気味に言った。なるほど、この問題にレイモンドが一枚噛むというのはセドリックが馴染みの得意先という事だけが理由ではないようだ。こういう所はレイモンドは商売人でしたたかな所もあるのだ。
「じゃあ、やってみますか? セドリックさん」
「はい。使用人達も気の毒です。彼らもまた遺言でアルマが死ぬか新しい主人をみつけるまであの騒動に付き合わねばなりません。なによりアルマがかわいそうで」
セドリックが頷いたのを見て、マイアはこの仕事を引き受けることにした。
「ただいまです」
「おかえり、また仕事か?」
「はい。遺産相続の揉め事解決に『猫の言葉翻訳機』を作る事になりました」
「……は?」
マイアの説明にアシュレイは間の抜けた声が出てしまった。マイアは昼間あった事を丁寧に説明した。
「ふーん。面倒だな。だから街は嫌なんだ」
「そうですねぇ……私、自分で稼いだお金は大事に思えますけど。遺産かぁ……それより思い出の方が欲しかったかな」
マイアは流行り病で亡くなった両親の事を思い出してしまった。マイアに何か残すいとまもなく去っていってしまった人達の事を思うと彼女は遺産を巡る人達のことが滑稽にすら思えたのだった。
「……マイア」
アシュレイはしょんぼりしてしまったマイアの肩に手をやった。
「毎朝作ってくれるのパンの作り方を教えてくれたのは?」
「ママです」
「自分の名前の書き方を教えてくれたのは?」
「……パパです」
「人より別れが早かったかもしれないが……お前の両親はお前の中に生きているぞ」
アシュレイはそう言いながらマイアの肩を叩いた。マイアはアシュレイの慰めるようなその仕草が嬉しかった。
「よっし、じゃあご飯作ります。私のママの得意料理、豆のスープと鶏の香草焼きにしますね」
「ああ」
アシュレイは再び元気を取り戻し、キッチンに向かったマイアを見て微笑んだ。
数日後、マイアは森の中を駆け回っていた。
「ちょっと、ちょっとー!」
マイアが追っているのはウサギである。先程から森をうろうろして、野生動物を見つけてはマイアは交信の魔法で意思疎通し試作品の魔道具をつけさせて欲しいと頼んでいるのだが断られっぱなしなのだ。
『なにしてるんだー?』
「カイル!」
そんな無様なマイアの前にのんびりと現われたのは精霊カイルだった。
「ねぇ、カイル。動物さん達に協力してって言ってくれない?」
『いいぞ、でも条件がある』
「条件?」
『人間は取引をしたら対価をもらうんだろう?』
カイルはまるではじめてままごとを覚えた子供のようだ。マイアはその様子にくすっと笑ってしまった。
「いいわよ、なあに?」
『思いっきり撫でて欲しい』
「え?」
マイアは唐突なカイルの申し出にぽかんとしてしまった。そしてカイルの褐色の引き締まった体を見て、なにを言い出すのかと呆れてしまった。完全に不審者を見る目をしたマイアにカイルは首を傾げて付け足した。
『犬の姿でだぞ』
「ああっ、そ、そうよね……」
『先払いだ。さあ頼む』
カイルは出会った時の子犬の姿になって草むらにころんと転がった。もふもふの毛皮、ちんまりとした手足につぶらな瞳が愛らしい。
『さあ!』
「よーっしよし! わしゃわしゃー!」
『ふふふふー』
カイルは満足そうだったし、その後森の動物たちに声をかけてしっかり試作品を試すことができたのだが……。
「うーん……」
カイルの元の姿がちらついて、マイアは微妙な気持ちになった。
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