19話 智恵の実

「お待たせしました!」


 それから三日後、丸太での動作テストを終えたマイアはレイモンドと一緒にオーヴィルの研究所に向かって居た。


「すみません。依頼内容がぶしつけな上、魔法使いの仕事の邪魔になりそうな案件ですのに受けて下さって」

「いえいえ。私、オーヴィルさんの事は尊敬してます」

「まあ腕と知識は確かです。この機会に今後手伝ってもらうといいですよ」

「そうですね……さすがに細かい金属加工とかは私には難しいです」


 そう話しているうちに町外れの研究所に着いた。するとオーヴィルさんが両手を広げて出迎えてくれた。


「おお、来たか!」

「出来ましたよ、推進の魔道具。急ごしらえですが」

「ああ、これが……」


 オーヴィルは機体にマイアの推進機を見つめた。


「右にレバーを回すと前に進む力が強くなります。動作テストでは中央くらいで重しの丸太が進みました」

「そうか……このあたりに取り付けたいのだが……レバーが少し短いな」

「あっ、ごめんなさい」

「いやいやこれくらいはこの鉄骨で延長すればいいさ」


 オーヴィルはさっとその辺にあった鉄骨を取り出してレバーを延長した。手際がいいな、とマイアは見入ってしまった。


「あ、溶接手伝います」

「ああ。魔法ってやつは便利だな」


 そして機体にぴったりのサイズになった推進機が取り付けられた。


「さあ、飛行実験だ!」


 倉庫の扉を開けて、機体にオーヴィルが乗り込む。少しレバーを動かすと、機体の下の車輪で空飛ぶ機械は前に進んだ。


「ここじゃ危ないから街の外の空き地に行くぞ」


 そのまま進んで行くオーヴィルをマイアとレイモンド、それから鷹のミカは追いかけた。


「この辺でよいかな」


 街の外の空き地には建物も人もいない。オーヴィルは気合いをこめて頷くと、じょじょにレバーを右に振った。レイモンドとマイアはそれを後ろから見守った。


「おお、進んでく……」

「けど飛んでないですよ」


 マイアは心配になった。この動きはあの模型の腕の動きに該当するのだと思うが。


「私、併走します!」


 マイアは風のマントでひらりと空中に舞い上がった。そしてどんどん遠くなるオーヴィールを追いかける。機体は空き地の小石やでこぼこを蹴散らしながら前進している。


「ががががが……!」


 かなり揺れる機体にオーヴィルは必死のレバーを手放すまいとしがみついていた。


「あぶない!」


 マイアが魔法で力の付与を手に込めようとした時だった。機体が、ふわりと飛んだ。


「あ!」

「と、飛んだ! 飛んだぞ!!」


 ゆらゆらと不安定だった機体がじょじょに安定していく。すーっと滑るようにその機体は飛んだ。


「やった! 見たかね、お嬢さん」

「はい!」


 オーヴィルは得意気に隣を飛ぶマイアを見た。


「この風……この景色……これが見たかったんだ!」

「ピィー!」


 その上をミカが弧を描いて飛んでいる。オーヴィルは大きな口を開けて叫んだ。ぐんぐんと空を飛んでいく機体。マイアは必死でその後を追った。


「オーヴィルさん、街から随分離れてしまいました。そろそろ戻らないと!」

「そうだな」


 オーヴィルは推進機とは別のレバーを弄った。すると機体が右に旋回した。


「後は……着陸……」

「気を付けて下さいっ」


 推進機のレバーを調節して風を弱める。すると機体は少しずつ地面に近づいていった。


「あれ? 数値はゼロなのに……」

「あっ、地面にぶつかります!」


 しかし、機体の勢いが強すぎる。頭から空飛ぶ機械は地面にぶつかりそうになった。思わずマイアは重力操作の魔法を行使する。ふわっと一度機体は浮き上がり、そして地面に降りた。


「あいったたた……」

「大丈夫ですか、オーヴィルさん!」

「ああ、尻を打っただけだ」


 オーヴィルは軽症のようだ。しかし、機体の羽根は衝撃で折れてしまった。


「壊れちゃいましたね……どうしよう……」


 マイアはひどく動揺した。自分の創った魔道具がもっと扱い易かったらこうならなかったかもしれないと思ったのだ。しかしオーヴィルは笑って答えた。


「なに、また作ればいいさ。あとはそうさな、私の操縦の腕を磨かんとな」

「……でも」

「お嬢さん……いやマイアさん。物作りの技術というものは沢山の失敗の積み重ねだよ。今日は着陸に失敗したかもしれん。だけど飛行には成功したんだ」

「そう……そうですね!」


 マイアはオーヴィルの技術者の心得を胸に刻んだ。


「もーっ! ハラハラしましたよー」


 そこにレイモンドが駆け寄ってきた。オーヴィルとマイアの姿を見てほっと胸を撫で降ろす。


「……でもこれで空飛ぶ機械が作れますね」

「ああ、マイアさんの推進機に変わる動力が開発できれば魔法を使わない機械……そうだな、飛行機が作れる」

「その動力はいつ出来るんですか?」


 マイアはわくわくして聞いた。彼の言う飛行機が出来た際には是非自分も立ち会いたいと思ったのだ。するとオーヴィルはあごに手を当てて考えながら答えた。


「そうだなぁ……この機体にたどり着くまで二十年かかった。動力は明日かもしれないし、また二十年後かもしれない」

「えっ……」

「ははは、それどころか私の死んだ後かもしれない」

「そ、それじゃオーヴィルさん……」


 せっかく作ったのに飛行機に乗れないかもしれない、そうマイアは悟って言葉を失った。


「幸い私の甥が興味を持って手伝ってくれている。いずれ彼に引き継ぐさ。マイアさん、これが人間の知恵の営みというものだよ。魔術だって先達の試行錯誤があって今の形になったはずだ」

「そうですね……」


 マイアはそれまでどこか魔法を持たない人間は助けてあげなければ、と思いこんでいた事に気付いた。ところがどうだろう。違うのは魔力があるかないかだけで、人間はみなしなやかで、強い。


「ありがとうございます」


 マイアは思わずオーヴィルに頭を下げた。


「マ、マイアさんどうしたやめてくれよ」


 オーヴィルはそんなマイアを見て照れくさそうに顔の前で手を振ったのだった。

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