18話 揺れる気持ち
「この木がちょうどいいかな……」
マイアは家から少し離れた木立の中から手頃なものを探していた。空飛ぶ機械の推進力を計るのに、手っ取り早く同じ位の質量の木材を手に入れた方が早いと思ったからだ。
するとふっと音も無く精霊カイルがマイアの隣に現われた。
『どうしたマイア』
「あ、カイル。この木を切ってもいい?」
『木を一本切るくらいで精霊の許可はいらん。焼け野原にされては困るが』
「しないわよ。これでも三年間勉強したんだから!」
マイアは斧を手にして呪文を呟いた。これで屈強な男並の力が出るはずだ。
「よっ……! あ、抜けない!」
『マイア、やっぱり俺がやるよ』
「ごめんなさい、カイル。お願いしていい?」
『ああ……なんて事ない』
カイルが幹に触れると、木はスパッと切れて倒れてきた。カイルはそれを片手で受け止める。まるで手荷物を持つようにそれを宙に浮かせながらもう片方の手を払うとその木は丸太になった。
『これでいいか?』
「ええ、ありがとう!」
マイアが魔法使いの計りでそれを計ると重さはオーヴィルの機械と大体同じくらいの重さだった。
『この木をどうするんだ?』
「あのね、街に空飛ぶ機械を作っている人がいるの。その人のお手伝いでこれくらいの木を前に動かす魔道具を作るのよ」
『ほーう。妙な事を考えるものだ』
簡単に変化や空を飛ぶ事のできるカイルにはそれは少し奇妙に映ったようだ。
「よーし、まずは試作品ね」
『まあ頑張れ。困ったら俺を呼んだらいい』
「うん。またね」
そうしてマイアは魔石の動力を作りに家へと戻っていった。
「仕組みは簡単だけど、出力調整が少し面倒ね……」
マイアはその辺の木桶の上に一番魔力量の高い魔石を据え付けて、魔法陣を書き始めた。それを薄い板金に書き写し、一部に穴をあけて二重に重ねた。この上の魔法陣を動かせば出力を調整出来る。
「でもこれ乗りながらだと手が届かないわね。えーっと……」
マイアは部屋の中を見渡した。
「これでいいか」
暖炉にあった火かき棒を手に取る。そしてそれを火の魔法を使って溶接した。これを左右に動かせばあの機械の座席に乗ったまま動かせると思う。
「……ちょっと色々材料買った方がいいかな」
マイアはオーヴィルの研究所にあった色々な資材を思い出して呟いた。
「まあとにかく完成! 明日実験しましょう」
作業を切り上げてマイアはボフッとベッドに転がった。机にかじりつき過ぎていたせいで肩が痛い。
「神霊の聖なる加護を我が身に、癒しの力を与えたまえ」
回復魔法で肩こりをとっとと解消する。
マイアはこんな事してるから、普通の人が不便に思っている事が私にはわからないのかもしれない、と思った。
「街に住む……か……」
依頼についてはレイモンドが仲介してくれる。マイアも時計の一件があってから、彼に頼った方が得策なのはわかっていた。だけど街で普段から魔法を使わずに生活したらもっといい魔道具が作れるのではないか、マイアの脳裏にそんな考えがちらりと過ぎる。
「……でも」
それでもマイアはこの家から離れる事が嫌だった。元々アシュレイの側に居るためにマイアは魔道具を作りはじめたのだ。マイアは一人で首を振ると、夕飯の仕度の為に部屋を出た。
「マイア、仕事は上々か?」
夕飯をとりながらアシュレイはなんだかぼんやりしているマイアに話しかけた。
「え、あ……はい。また新しい注文ももらいました」
「そりゃよかった。……で?」
「はい?」
「なんでそんな浮かない顔してるんだ」
「それは……その……」
マイアは困ってしまった。自分の中でも何かはっきりしていないのだ。
「なんというか、困っている人に向けて魔道具を作りたいのに……なんか私は鈍いと言うか……なんというか」
しどろもどろにマイアがそう言うと、アシュレイは吹きだした。
「はははは! ようやく分かったか!?」
「……え? ちょっと笑いすぎじゃありません!?」
「すまんすまん。けどまあ仕方ないな。こんな森の奥で魔法使いと暮らしていればそうなるものさ。なあマイア、今からでも遅くないから街に住んだらどうだ。行ったり来たりだって大変だろう?」
アシュレイは諭すようにそう言っていたが、マイアはテーブルをバンと叩いて立ち上がった。
「アシュレイさん! それは話が違います!」
マイアはさっき自分で一瞬、街に住むことも考えていたのに、アシュレイの言葉にカッとした。
「約束じゃないですか! 食い扶持を自分で探せられればこの家に居てもいいって」
「いや……選択肢として考えてはどうかという事だ」
「アシュレイさんはもしかして私が邪魔ですか?」
「そういう事じゃない」
アシュレイは片眼鏡を外した。青灰の瞳は穏やかな色をしている。
「……邪魔だと思ったことなんかない。座れ」
「……すみません」
マイアは自分で言い過ぎてしまった事に後悔しながら席についた。アシュレイは眼鏡を手で弄びながら、言葉を続けた。
「でもな、一生この森にいる必要もないんだ。頭のどこかにそれは入れて置いてくれ」
「はい……ちょっと私、頭冷やしてきます」
マイアは頷くとまた立ち上がって家の外に出た。マイアは家の裏手のベンチに座りこむ。
「馬鹿だなぁ……もう……」
『そうかな?』
「わっ……カイル」
いつも突然現われるカイルだったが、こんな時に出てくるとは思わなかったマイアはビックリしてしまった。
『マイアは馬鹿じゃないし、馬鹿だとしてもマイアの事を嫌いにならない』
「ふふ、ありがとう」
『あの性悪魔術師から何かされたのか?』
「うーん、えっと……街に住んでもいいんじゃないかってまた言われたの。理屈ではその方がいいのは私も分かるんだけど……嫌なのよ」
『そうか、マイアは森が好きなのか?』
カイルが尻尾を振りながらにこにこして聞いて来た。
「もちろん好きよ」
『マイアはまだ十六年しか生きていない。分からない事はゆっくり考えるといい』
「そうよね」
マイアはなるほどと思いながらようやく笑顔を取り戻した。それを見たカイルの耳がひょこひょこ動いた。
『心の声に従えば、間違いはしても後悔はしない』
「いい言葉ね。ありがとうカイル」
マイアがそう言うと、カイルは満足気な顔をして頷き、そして姿を消した。
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