10話 魔道具作り

「良かったのか。安請け合いして」

「彼女の話を聞いていたら、アイディアが浮かんだんです」

「そうか、まあ頑張れ。お前にまかせる」


 アシュレイは手をヒラヒラとさせて自室へと戻っていった。


「よーし、まずは設計図を描かなきゃ」


 マイアは先程の白紙の前に座って再びペンを取った。


「この魔石なら……ってことは魔法陣はここに……でもこの規模だと……」


 魔力計に魔石を乗せ、必要な魔力とそれを制御し思いどおりの効果を得る為の魔法陣を考える。


「こんな感じで一回仮組みしてみますか!」


 おおよその考えがまとまった所でマイアは部屋の外が妙に暗いのに気が付いた。


「あ! もう夕方?」

「ここここ!」

「ここここ!」


 マイアの部屋の外にはゴーレムが集まっているようだ。きっと夕飯の仕度を急かしているのだろう。


「いけない……お昼も忘れてた……」


 マイアが台所に駆けつけると……そこにはアシュレイが立っていた。


「お、どうだ。もう出来たのか?」

「いえまだ設計図で……ってアシュレイさん何してるんですか」

「何ってシチューを作ってる」


 アシュレイは鍋で野菜と肉を煮込んでいるところだった。


「お前が仕事を始めたのなら、家事を全部お前がやるのはおかしいからな。ははは、ゴーレムどもめ騒ぎおって」

「ありがとうございます……」


 そうだ、マイアが来た時アシュレイはスープを出してくれた。大雑把だけどアシュレイはちゃんと自炊もできるのだ、とマイアは思い出した。


「お、お皿出しますね」

「ああ」


 マイアは動揺しながら食器棚から皿を出す。そしてアシュレイの作ったシチューとパンを並べ夕食をとる。


「うまいか?」

「はい」


 マイアはそう答えたものの、アシュレイの作ったシチューは野菜がちょっと半煮えだったりした。そしてそもそも……マイアはちらりと台所に目をやった。なぜ、よりによって一番大きい鍋で作ったのか。


「明日の分までありそうですね」

「そうだな」


 アシュレイは量が多すぎるというマイアの指摘に気付いてもいないのかまるで気にしていないようだった。


「設計図はどんな感じだ」


 それよりもマイアの仕事の進捗の方が気になるみたいだ。


「大分、魔法陣の小型化が出来ました。もうちょっとスッキリさせたいですね」

「無駄の無い魔法陣は美しい」


 それはアシュレイの口癖だった。同じ効果をもたらす魔法陣でも美しい魔法陣を描けるようにしろと彼は常々マイアに言っていた。


「……で、手出しはしないがお前は何をしようとしている? それくらいは聞かせてくれていいだろう」

「はい。あのですね……」


 マイアはアシュレイに今回作ろうとしている魔道具の事を伝えた。


「ふーん」

「駄目ですかね」

「いいや。俺には思いつかんと思ってな」

「本当ですか?」


 アシュレイにそう言われてマイアは嬉しくなった。俄然やる気が湧いてくる。


「よし、もうひとがんばりしてきます」

「いいけど今夜はちゃんと寝るんだぞ」

「う……大丈夫。ちゃんと日が変わる前には寝ます!」


 マイアは皿を片付けるとまた部屋に籠もった。それから二日ほどかけてマイアは試作品をいくつも作り出した。




「じゃあ街に出かけてきます」

「ああ行っておいで」


 鞄を抱えたマイアは三日目の朝に街に向かった。目的はレイモンドとキャロルに今回の魔道具の構想と見積もりを出すこと。他にもちょこちょこと打ち合わせをしたいことがあった。


『また街かー?』


 家を出てしばらくするとカイルが寄ってきた。


「そうよ」

『背中に乗るかい?』

「いいえ、今回はこれを持ってきたから」


 マイアは鞄からバサッと大判のマントを引っ張り出した。


「歩いていくのもいいけど、今日はこれで時間短縮するわ」


 群青のマントを羽織ってマイアは呪文を唱える。それは風の魔法陣を縫い込んだ魔法のマントだ。


「風の霊よ、契約の印に従いて我に集い翼となれ」


 するとふわりとマイアの体が浮かび上がり、空を飛んだ。


「じゃあね!」


 カイルに手を振ってマイアは街へと急ぐ。徒歩とは違ってみるみるうちに街が近づいてくる。


「はぁ……はぁ……着いた……」


 街の手前でマイアは地面におりた。額には汗が浮かんでいる。この風のマントの欠点は歩くよりよっぽど疲れるというところだ。魔力の制御に気を遣うし、飛んでいる間中魔力が消費される。ただ今回のように急ぎたい時には便利なものだった。


「さて……まずはフローリオ商会に行きましょう」


 よろよろしながらマイアはフローリオ商会の第二支店に向かった。


「……大丈夫ですか?」

「は、まあ……」


 レイモンドはすでに疲れ切ったマイアに驚きながら、商談室に彼女を案内した。出されたお茶を飲んでマイアはようやく一息ついた。


「キャロルさんの結婚式の件ですよね」


 レイモンドはその様子を確かめると、早速そう切り出した。やはり彼女にランブレイユの森に行くように話をしたのは彼だったようだ。


「はい。雨が降るのは決定ですが……魔道具で彼女の望みを叶えたいと思っています」

「それはどんな魔道具ですか」

「はい……こういったものを考えています」


 マイアは設計図と自宅で作った試作品をレイモンドに見せた。レイモンドはそれに目を通し、試作品を手にとる。


「この部分は既製品を使った方が良いのでは」

「やっぱりそう思いますか」

「複雑で繊細ですから……時間もないですしね。こちらで良さそうなものをいくつか用意させましょう。と、なるとこの部分でこれくらい……使う魔石があるから……ざっと価格はゲルト金貨で十枚……」


 マイアはそれを聞いてぎょっとした。それでは贅沢しなければこの街で一年近く暮らせる額だ。それをキャロルが出せるか疑問だ。結婚式となったら他にも要り用だろうし。


「高すぎますね……あの……魔石の方は価格に入れなくても」

「駄目ですよ、マイアさん」


 レイモンドはいつもの柔和な雰囲気を引っ込めて首を振った。


「自分を安売りしてはいけません。もちろんキャロルさんにこの額を払えというのは酷かな、とは思いますが」

「じゃあ……」

「でも! それを考えるのは僕の仕事なので、任せてください」


 レイモンドはそう言って片眼をつむってみせた。

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