この聖女が外道すぎるんですけど

下垣

パンを踏んだ聖女は地獄に落ちろ(`・ω・´)

 砂漠の街バグラ。食料自給率が低く、この街の貧民たちは飢えている。その反面、この街の近くにある鉱山は宝石が良く取れる。鉱山の発掘権を持っている領主の一族は繁栄を極め、贅沢の限りを尽くしているのだ。


 そんな街に超絶可愛くて、天使のように優しくて、愛らしい聖女ポーラ様がやってきたのだ。


「やあ、ようこそいらっしゃいましたポーラ様」


 領主は私に媚びるように笑いかけている。それもそうか。私は人類の誰よりも強い。私は魔族に対抗できる人類唯一の希望。私の機嫌を損ねたら魔法で消し炭にされるし、そうでなくても魔族の襲撃から守ってもらえなくなるのだ。ふふふ。我ながら、自分の置かれている状況がとても美味しい。人類はみんな私の前に跪くのだ。


「お腹空いたわ。なにか食べるものはないの」


「す、すみません。ポーラ様。今、食事を用意させているのですが……小腹が空いたのでしたら、こちらのパンをどうぞ」


 領主は一切れのパンを私にくれた。


「ありがとう。そうね。夕食まで少し街を探索したいの。しばらく1人にしてくれる?」


「は、はい。わかりました。ただ、街にはゴロツキが大勢います。お気を付けください」


「誰に向かって口をきいてるの? 私より強い人類がいるとでも?」


「い、いえ。滅相もありません。ただ、ポーラ様は美しいご婦人。なので変や輩が寄ってきやすいのではと心配したのです」


「あはは。なーんだ。そうだったの。もう、領主様ったら口が上手いんだから」


 おべっかを使われているのは分かっている。けれど。それでも気分はいい。私は一切れのパンを持って街に繰り出したのだ。


 街は活気に溢れている。香辛料を売っている商人。明らかに偽者の宝石を売っている悪徳商人もいる。そんな中、私の目に1人の少年が映りこんだ。ボサボサの髪、ボロボロの服。手足の爪がひび割れていて、とても痛々しい。頬もこけていて、腕もマッチ棒のように細い。ロクに物も食べられていないのだろう。けれど、顔立ちは良くて、瞳も綺麗だ。ちゃんと手入れをしてあげれば、私のハーレムに加えてもいいくらいの美少年。


「ねえ。どうしたの?」


「うぅ……お腹空いたよ」


「そっか。それじゃあお姉ちゃんが持っているこのパンをあげるよ」


「え? いいの!」


 周囲が私を見てざわつき始めている。私は聖女としてそこそこ名が知られている。その有名人と遭遇できて嬉しいのだろう。可愛らしい民衆め。


 私は少年の前でパンを一口サイズにちぎった。少年はそのパンを見て目を輝かせている。たった一切れのパンでここまで物欲しそうに見えるなんて貧民は大変だね。


「はい、あーん」


 そう言うと私は少年の口にパンを持っていった。少年も私がパンを食べさせようとしてくれていると思って、嬉しそうにニッコリと笑った。そして、私は少年の口にパンを放り込まずに、自分の口にパンを放り込んだ。


 もぐもぐとパンを咀嚼する。少年は一種なにが起きたか理解できないと言った表情を見せた後に、私の上下に動く顎を見て絶望的な表情を見せるのであった。


「あ……あ……」


 ああ、可愛い。なんて絶望的な表情を見せてくれるんだろう。少年の惨めな姿を見ながら味わうパンは美味しいな。人の不幸は蜜の味と言うけれど、これほど甘美な蜜は中々味わえるものではない。


「ど、どうして……」


 少年は私がパンをあげないものだと思い込んでいる。そんなわけないじゃない。私は聖女。お腹が空いている子供を見捨てるなんてするわけないじゃない。


「ぺっ」


 私は咀嚼したパンを地面へと吐き捨てた。それを見て少年は更に驚いた。


「食べないの?」


「え?」


「早くしないと蟻がたかるよ。そうなったら、流石に食べられないでしょ?」


「お、お姉さん何言ってるの?」


「せっかく、私が食べやすいように柔らかくしてあげたんだから。ね? 食べて」


 少年はようやく私の言おうとしていることが理解できたようだ。私はパンを飲み込むつもりはなかった。私がパンを口に入れたのは咀嚼した物体を少年に食べさせるためだった。


 別にこうすることによる意味はない。ただ、私が楽しいからやるだけ。そのままパンを手渡してもいいけれどそれじゃあ面白くない。私を見ていた野次馬もドン引きした目で見ている。


「あ、あの……」


「その食べ物逃したら、次はいつ食べ物にありつけるかわからないよ」


 少年の腹がぐーと鳴った。少年も流石に空腹には耐えられなかったのだろう。私が吐き捨てたパンだった物体を手で取り、それを泣きながら口に運んだ。ふふふ。泣くほど嬉しいんだ。可愛いんだ。


 少年がパンを飲み込んだ頃。私はまたパンをちぎり、今度はそれを地面へと置く。そして、私の履いている靴でパンをグリグリと踏みつぶした。私がパンから足を退けるとパンは土まみれになっていて原型を留めていなかった。もし、私がこれをパンとして出されたら、出したやつの首を間違いなく刎ねるでしょうね。


「はい。また食べやすくしてあげたよ。良かったね」


 私は少年に向かってニッコリと微笑みかけた。野次馬は私と関わったらいけないと思ったのかすぐに退散した。あーあ。この街にも私の悪名が広がっちゃったか。まあ関係ないけどね。


 おっと、そろそろ。領主様のところに戻らないとね。私は土だらけのパンを食べている少年の眼前にパンを投げ捨てて領主様の館に向かった。少年は地面に落ちたパンをありがたがって食べていた。先程のパンに比べたら全然マシなパン。けれど、私だったら地面に落ちたパンは食べないけどね。

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