恋は妄目

奈々星

第1話

蒸し暑い、汗ばんだ体に寝間着が張り付いていて鬱陶しい。

最悪の気分で目覚めた僕が目を開くと視界は暗黒。真っ暗だった。

見えた世界が昨日までのものとあまりにも違ったのに驚いて僕は布団から飛び起きた。

瞬時に世界に景色が戻る。

なんだ布団被ってただけか。


あほを露呈してしまった。申し訳ない。


世界の豹変の秘密を知って安心した僕の気分は

再び底に落ちることになる。


眼鏡をかけて時計を見ると7時50分………


遅刻じゃねぇか!

正確には遅刻が確定した訳では無い。

寝癖直し、朝ごはんという2大モーニングルーティンを無視すれば遅刻は避けられる。


遅刻なんかしてしまえば僕は親からどんな雷を落とされるか分からない。


寝癖直しも朝ごはんも最悪、学校で済ませることは出来る。僕はパンパンに膨らんだクリアファイルと、母親が出勤前に作りおいてくれていた弁当をリュックに投げ入れて家を飛び出した。


僕の通学手順はまず、最寄り駅まで10分歩き、

そこから乗り換えも含めて電車に50分ほど揺られる、そこからまた10分かけて学校まで歩く。

家を出たのは7時35分だから5分以内に最寄り駅で電車に乗れば学校指定のデッドラインである8時40分には間に合いそうだ。


僕は休まず最寄り駅まで全力疾走した。心臓の爆発が危惧されるほど息があがり僕はベンチに座って体を休めた。


その間、起きてから今まで考える暇がなかったことを頭の中に浮かばせていた。


どんな夢見たっけ?……


そうだ、今日は僕がひそかに想いを寄せる女の子とデートをする夢だった。

デートの醍醐味と言えば待ち合わせ。

デートの始まりをどんな言葉で飾るのか?

男として最高の言葉で幕を上げたい。

ここからは完全に僕の妄想、

とりあえず大雑把に分けて僕が遅れた場合と彼女が遅れてきた場合とを考えよう。


僕が遅れたならそうだな、

「ごめん待った?………………」

僕はこれしか言えそうに無い。

こっちの方向のシミュレーションはここまでのようなので次は彼女が遅れてきた場合。


女の子は準備することがたくさんある。

だから遅れてきたからといって決して攻めては行けない。当たり前か。

まあ僕の台詞はこう。


多分女の子側は「ごめん待った?」と言ってくれると思われるので僕は「ううん、全然待ってないよ。それより髪型かわいいね、」


気の効いた挨拶だ。


「3番線ドアが閉まります駆け込み乗車は御遠慮ください。」


駅員さんのそのアナウンスに僕は一気に現実に引き戻された。


このアナウンスが聞こえるということは…

朝、時計を見た時のような焦りの再来だ。

僕はしっかり駆け込み乗車をして何とか電車に乗ることが出来た。

ここで乗らなかったら急いで走ってきた今がないのだから駆け込み乗車くらい許してくれ。


車内には馴染みのある制服を着ている生徒たちがちらほらいた。

その電車に滑り込んだが功を奏して何とか遅刻ルートからは外れたみたいで良かった。

このままいつも通り電車に乗って歩いていけば学校に間に合う。


「コンタクトを入れるの忘れたから周りが見えて無いな。」僕は自分に呆れてみた。


僕の殺風景な学園生活はいつも通りコマ送りに進んでいき、6時間目のホームルーム。

僕は彼女をどうやってデートに誘うのかを考えていなかったので急いで考えることにした。


沈みかけている日の光が廊下まで届いている。

なぜか僕たちのクラスメイトは廊下にごった返している。


そこで何かの拍子に僕と意中の彼女を取り囲むようにほかのクラスメイトが端に寄った。


千載一遇のスーパーチャンス。衆人環視の状況だが、僕は大胆にも彼女にゆっくり近づいて両手を腰の辺りに回す。おでことおでこをくっつけるように彼女に頭を近づけ僕は彼女だけに聞こえるようにささやく。


「遊びたい。今度。2人で。」


ドキドキしてくれるかな。俯きがちに頷いて欲しいな。だいたいこんなドラマティックな告白ができるのか。

そんなことを考えながら僕はうわの空になっていた。


教室では席替えが着々と進んでいたようだ。

「山田の隣だけど、1番前はさすがにな‪…」

「どうしよう、俺いこっかな」という

男子たちの話し声も「目が悪いから前がいいやつはいるか?」という先生の声も耳から耳へすり抜けていった。


結局席は窓側の1番後ろの席に決まった。

妄想し放題!パーフェクトだ!


僕は一応卓球部に所属しているが今は幽霊部員として部に貢献している。

誰よりも早く帰路に着くことが僕の努めだ。

しかし今日は衛生委員として、掃除道具のモップの取り換えという雑用をやらされる羽目になった。最悪だ。

そしてややあっていつもより1時間以上遅れての帰宅だ。新品のモップの管理をしている衛生委員の担当教員がややこしい動きをしていたせいで部活動に支障が出てしまった。


そんな恨み節は程々に心に留めておいて僕は帰りの電車では彼女とのデートの妄想を再開した。


順序が少し違ったが約束をして待ち合わせをしてその続きだ。

僕は順調にお昼を食べて、軽く散歩をする場面まで妄想を進めていた。

電車は大都会、新宿に差し掛かりたくさんの人が降りてはたくさんの人が乗ってきた。最初から座席を確保していた僕とってはなんの変化もない、と思っていた。


バタバタと足音が近づいてくる。

「危ない間に合ったね、はぁ」

「美月が、はぁ、パスモにチャージ入れてないから、はぁ」

ドアが閉まる直前に女子高生2人組が電車に駆け込んできたのだ。


駆け込み乗車なんて落ち着きのないやつだなと呆れていると僕の目線が人混みに絡まってしまったように動かなくなった。


目線の先にいるのは彼女。

妄想の中では彼氏彼女。

現実では意中の相手。


僕は一気に妄想の世界に飛び込んだ。


昼下がり、食事を終えてゆったり散歩をしていると僕らはパフェ屋の前を通った。デザートを食べていなかったということで僕らはその店に寄りパフェを頂くことにした。


僕はチョコバナナなんちゃら、

彼女はストロベリーなんとかかんとか、

番号で注文出来るお店だったので名前なんか知らない。


僕らは近くの公園のべンチに座り、2人でパフェタイムを楽しんだ。雲ひとつ無い晴天と、心地よい日の光。全てが完璧。パーフェクト。


これ以上のタイミングはないと僕は彼女に好意を伝え正式にお付き合いを申し込もうと覚悟し彼女に目をやると、彼女は鼻先にうすいピンクのイチゴクリームを乗っけていた。


格式的な距離より心の距離を縮めよう、

僕は告白を見送って代わりに彼女の鼻先に人差し指を伸ばしクリームを拭い取った。


「ついてた。」


何がおかしかったのか。

僕にも彼女にも笑いが込み上げてきた。


駆け込んできた電車の中で乱れた髪を手ぐしで整えている鼻先に付いたイチゴクリームに気づかない彼女。


愛しさで溢れたこの場面から作り上げたこの妄想はその後も落ち込んだ僕を温めほぐしてくれるものになった。


こうして僕は山田美月は僕のものになった。

妄想の世界にて。


妄想最高!

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恋は妄目 奈々星 @miyamotominesota

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