第136話 side フェーン公主⑥
「どうなっているんだ!」
公国の大臣たちが集う場で声が鳴り響く。
本当にどうなっているんだ。
王国との国境の鉱山から湯水のように鉱石が掘り出されているという報告を受けた。
最初は信じなかった。
確かに鉱脈が最も大きいと言われていたのは事実だ。
しかし、それは百年も前。
今は技術も進み、それほど大きな鉱脈があるならば、掘り出されないわけがない。
それが何年も収穫はゼロ。
それゆえ、鉱山を閉鎖したのだ。
トルリアのバカ王が欲しがったものだから、くれてやったが……
「公国の全産出量の倍とか、ふざけているのか!?」
再び、怒号が鳴り響かせる。
「公主。落ち着いてくださいませ」
男爵か。
こいつは結局、忌み子の一件で殺すことが難しくなった。
なんとか忌み子の偽物には生きていてもらわねばならない。
しかも、姿かたちを維持したまま。
それには男爵の経験が必要だ。
「近衛副隊長か……」
こんな男に、重役を与えねばならないとは……虫唾が走る。
「この鉱山をなんとしても、取り返したいのだが。なにか、良い方法はないか?」
大臣たちに告げるが、誰もよい案を提示してこない。
それどころか、鉱山を譲ってしまったことを
「この一件はトルリア王との密約ゆえ、内容は話せぬ」
忌み子の事を話すわけにはいかない。
私の立場が悪くなるだけだ。
それだけは絶対に避けねばならない。
「公主。内容が分からねば、我らとて判断のしようもありません。それでも案を必要とするならば、軍を出して国境を封鎖するより他ありません。もちろん、それをすれば王国とは絶縁。戦争も起こりうるでしょう」
使えない大臣たちだ。
この程度のことしか考えられないとは……。
戦争を選べるなら、とっくにやっているわ!!
「近衛副隊長。今日は解散だ」
「はっ!!」
会議室には、私と男爵だけが残る。
「お前も持ち場にもどれ」
「いえ、ここが持ち場ですから。私の任務は公主の護衛です!!」
忌々しい。
こいつの偽物作りがいい加減だったから、バカ王に看過されてしまったに決まっている。
しかし、男爵を処刑すれば、あのバカがどう行動するか読めない以上は生かしておく必要がある。
それによって、公国は大損害を受けている。
忌み子の維持管理だけで、信じられないほどの魔道具が消費されていっている。
魔道具は一度使うと、壊れるまで発動し続ける。
しかも変身の魔道具は破格の値段だ。
なんとか公国の在庫で足りているが、これ以上時間が経てば、王国から手に入れなければならない。
そうなれば、公国の富が一気に王国に流れていってしまう。
「クソっ!!」
八方塞がりだ。
公国の主要産業である鉱山は年々、産出量が減っている。
王家の者を受け入れる計画も破綻。
まだ未成年の三男を後継者に据えなければならない。
こいつが無能者だったら……公国は私の代で終わりだ。
そうなれば、私の名が残らない。
……頭が痛い。
どうして、こうなってしまったのだ。
あの無能者が国を出ていった時から、歯車が妙に狂いだした。
どんなことをしても無能者を国に留めておくべきだったか?
「馬鹿らしい。あんな者がいないからといって、何かが変わるわけがあるか!!」
「……公主」
ん?
「……公主」
顔を少しあげると、男爵の顔が近づいているのに気付いた。
「なにをしている?」
「やっと気付き頂けましたか。お客様です」
客だと?
「今は会いたい気分ではない」
「分かりました……」
ため息をつく。
その時、ふと思った。
何か、胸騒ぎがする。
「ちょっと待て、男爵。その者は何者だ?」
「お会いになられるのですか?」
まどろっこしい。
会う気がないなら、聞かぬわ!!
「早く申せ!」
「それが、王国の者でして」
王国の者?
それだけでは分からぬ。
「なんでも、商業ギルドからだと……名はヒョロルというそうですが」
王国の商業ギルドか……
なかなか面白そうな者がやってきたな。
このタイミングというのが解せないが……
商業ギルドならば、この状況の打開に一役使えるかもしれぬ。
「そのヒョロルとか言う者を連れてこい。あ、いや。丁重にな。決して、粗雑に使ってはならぬ」
「は? はあ。しかし、ただの庶民にそのような扱いは……」
男爵にヒョロルとか言うものの価値なんて分かるわけがない。
「いいから言う通りにしろ。それと談話室を空けておけ」
「公主。それはいくらなんでも。他の者に示しがつきません。私とて、談話室に入ったことがないと言うのに」
当たり前だ。
貴様のような使えぬ男が入れる部屋ではないわ。
それにしても、こいつと話していても埒が明かぬ。
別の者にやらせよう。
……やっと来たか。
「公主様。お初にお目にかかります。私は商業ギルド……副会頭のヒョロルと申します。以後、お見知りおきを」
ほお。副会頭と言えば、ナンバー2。
商業ギルドの力を考えた時、この男の影響力は王国内でもそれなりということだな。
「うむ。よく来たな。王国から……嬉しく思うぞ」
「ありがたき幸せでございます。今回、来たのは献上の品を届けに参りました」
この頃、久しくなかったな。
献上品は各地の有力者が自らの歓心を買わせるために争うように持ってきたものだが……
今は誰一人として持ってくるものはいない。
それほど公国の有力者が貧しくなっているということだろう。
「それはありがたく受けさせてもらおう。王国の商業ギルドからだ。どんなものか気になるところだな」
「フフッ。きっと、公主のお気に召すと思いますよ」
なかなかの自信だな。
こういう輩は大抵は金だ。
ほお。なかなか大きな箱だな。
これに金が詰まっていると考えると……なかなかだな。
つい、腰が浮いて、箱を覗き込みたい衝動に駆られる。
「これが献上の品です」
箱が空けられると、中には……。
鉄?
鉄の塊だ。
なんだ、これは一体。
これで私が気に入る?
ヒョロルとかいう男は私を舐めているのか?
「おや? お気に召しませんか? 困りましたな。これは国境の鉱山より採られた鉄鉱石」
どういうことだ?
国境の鉱山か……どれ……。
なるほど、かなり純度が高いようだな。
「数日前は、三千ほど採れたようです」
何!? 三千……だと?
それだけあれば、公国にどれほどの富を持ち込むか。
考えただけでも、頭が痛くなる。
こやつは、王国の自慢をするためにやってきたのか?
だとすれば……。
「お待ち下さい。話はこれからです。私達は商業ギルドです。そして、公主はお客様。商品はこの鉄鉱石となります。交渉のテーブルに着いてはいただけるでしょうか?」
……なにやら、こやつには話があるようだな。
聞いておいても損はないだろう。
……実に有意義な交渉だった。
なるほど。
なかなか面白い考えだ。
実現すれば……王国は荒れる。
その隙を突けば、公国の未来は悪くないかもな。
私は未来に名を残す公主となるのだ。
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