第134話 依頼
ゲストハウスに客がやってきた。
工房の職人頭と責任者だ。
職人頭は平身低頭……責任者は目の下に大きな隈を作って、今にも倒れそうだ。
職人頭がぐいっと体を近づけてくる。
「ロスティ様。先日はお恥ずかしいところを。俺が夢にまで見た物を見せられたものだから……申し訳ないが、もう一度見せてもらえないか?」
責任者が職人頭の首根っこをガッチリと押さえ込んだ。
「はぁ。もういい加減にして下さい! そんな調子では職人頭を辞めてもらうことになりますよ」
「うるせぇ! お前には分からねぇんだ! 俺はあれをもう一度見なくちゃならねぇんだ!」
な、なんだ!?
一体何が起きているんだ?
急に職人頭と責任者の間に険悪なムードになってしまった。
どうやら、話を聞くと職人頭が仕事に全く手を付けなくなってしまったらしい。
ずっと思案したような表情を浮かべ、空返事ばかりなものだから、工房全体の仕事が滞り始めた。
それに頭を痛めて、隈をより深く目の下に刻み込んだのが責任者だ。
理由を聞くと……
「あんな物を見せられて、普通にしていられる訳がない! いや、職人ならば俺の気持ちは皆分かるはずだ!」
さっきから出てきている『物』とは……このことか?
『無限収納』から取り出した金属の塊。
ミスリルとは違う金属。
透明感のある金色……装飾品にしたら、ものすごく綺麗になるだろう。
「おおっ! これだ……これが……」
職人頭は顔をぐいっと近づけたまま、止まってしまった。
金属への思いがかなり感じられる。
と思ったら、気絶していた。
「はぁ……もう嫌」
責任者が大きなため息をついた。
「本当に申し訳ありません。こういう変わったところも魔道具工房の職人に必要なこととは分かってはいるんですが……それはともかく……本日、窺ったのは仕事を承りにまいった次第で」
どうやら、職人頭が気絶したことで話が中断していた依頼を受けに来てくれたようだ。
変身魔法が付与された金属については、すでに預けてあるので指輪づくりはすぐに始められるらしい。
問題はもう一つの依頼。
職人頭を気絶に追い込む金属。
「それをお預かりしてもいいですか?」
断る理由がない。
むしろ、僕の方から……
あっ。なるほど。
一刻も早く金属との再会を果たして、職人頭を正気に戻したかったということか。
でも、気絶しているけど?
「大丈夫だと思います。ちなみになんですけど……少し……ほんの少しでいいので、この金属を分けてもらえないでしょうか? もちろん、対価を払わせてもらいますから! お願いします」
この金属は魔道具職人なら、誰もが憧れるらしい。
これより優れた金属は無く、魔道具の性能を最大限にあげる……らしい。
らしい、というのは今まで誰も魔道具作成を成し遂げていないようだ。
現存する魔道具の範囲内では。
「そんなに貴重な金属だったんですね……」
「貴重なんてものじゃないですよ! ミスリルですら、滅多にお目にかかれないのに。これは数年……いや、一生で一度、お目にかかれれば幸運というくらいです。これがあれば、職人たちの士気も上がって私の負担はかなり減ってくれることでしょう……」
最後の責任者の言葉はかなり悲痛な響きを感じた。
「対価は別に要らないです。それで良い物を作ってくれると言うなら」
「もちろんです! それでは金属はお預かりしますね」
そう言って、職人頭を引き摺ってゲストハウスを去っていった。
本当に慌ただしい人たちだ。
「ねぇ。ロスティ。あの金属にそれだけの価値が本当にあるのかしらね?」
「どうだろう? キレイな金属だとは思うけど……また、どこかのダンジョンに潜ったときの為に金属を勉強したほうが良いかもしれないね」
普段目にする金属については大抵は分かっているつもりだったんだが……
「そうね。でも楽しみだわ」
指輪の完成はすぐみたいだ。
変身の指輪と婚約の指輪。
どんなものが来るのか、楽しみだな。
「後の楽しみもいいけど、今の楽しみも感じたいわ」
催促するように上目遣いをするミーチャ。
ん?
ティーサも同じようにしなくても良いんだけど?
「あの、私も料理のお手伝いをしてもいいですか?」
ああ、そっちか。
「ダメよ」
なぜ、ミーチャが断るんだ?
「私のお酒に付き合いなさい。特別に飲むことを許すわ」
ティーサは悩んだ挙句、酒を取ったようだ。
二人で仲良く、別室に向かっていった。
実に楽しそうだ。
取り残されるのが、こんな寂しいとは……。
「さて……何を作るかな……」
今の状態では思いつく料理法が少ない。
それでも経験があるからな……。
包丁を握ってみるが、まるで鉄球のように重く感じようだ。
サラダ用の野菜を切る……ひたすら切る。
徐々に包丁への慣れを感じ始めていた。
「悪くないぞ」
包丁の秘技が花開く。
ふむ。サラダが山のように出来てしまった。
だが、最初に比べると……いや、比べるまでもないほどの違いだ。
やはり、経験があると熟練度の成長は早いのかもしれないな。
しかし、サラダだけではミーチャに怒られてしまう。
サラダ用の野菜を茹でる。
しんなりとした野菜を作るためだ。
これだけで生野菜とは違った味を楽しむことが出来るが……。
「茹でるだけなのに、なぜ、視界が悪くなるんだ?」
まるで茹でられている野菜の状態を教えないように暗闇が広がる。
これでは経験が活かせない……と思ったが、何度か失敗しているうちに視界が広がっていく。
「これは……」
先が思いやられるぞ。
108もある料理系スキル。
これらの熟練度を伸ばすのにどれだけの時間がかかるんだ?
『野菜茹で』はかなり良くなってきたな。
それでも茹ですぎて、クタクタになった野菜たちが大量にある。
とりあえず煮汁は、何かに使えそうだから取っておこう。
クタクタ野菜はまさに……食感の調整剤だ。
細かくしておこう……。
なるべく無駄は出さない。
次に下拵え済みのオーク肉を『無限収納』から取り出す。
「あいかわらず、素晴らしい食材だ」
だが、どうすれば美味しく食べれるかの想像が湧かない。
こういう時は出来る技術でやるまで。
秘技……ミンチ切り!
「悪くない……悪くないぞ!」
む? 考えてみたら、柔らかくしたオーク肉をミンチにしたら、意味がないのでは……。
いや、関係ない。
更に柔らかいオーク肉を楽しむまで!
「楽しくなってきたぞ!」
「ロスティ。大丈夫?」
む?
急に声をかけられたせいで、三回混ぜるところを四回混ぜてしまった。
これでは味が落ちてしまうな。
氷が欲しいところだが……。
「ねぇ。ロスティ。大丈夫なの?」
む?
切りすぎた。目に染みる……。
「ロスティ!」
「あれ? ミーチャ。どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ。奇声が聞こえるから、心配してきたんじゃないの。大丈夫なの?」
何を言っているんだ?
奇声をあげる?
そんな、バカな。
「そんな事よりも、これを食べてくれ」
「そんな事って……あら? 今まで見たことがない料理ね」
そう……思いつくままに作っていたら、変な料理が出来ていた。
食材を無駄にしない料理。
今回はそればかりを追求していたら、結局は鍋になった。
といっても普通ではない。
見た目は普通の鍋なのだが……。
「これは凄いわね。全部、色々な食材が使われた練り物なのね」
そうなのだ。
葉っぱに見せかけた練り物。
肉に見せかけた練り物。
鍋蓋に見せかけた練り物。
実は鍋そのものも食べられる練り物。
もはや、芸術の領域だ。
「すごく奇抜で面白いと思うわ……だけど、あまり美味しくないわね」
……最初はこんなものでしょ。
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