第124話 料理と錬金術スキル
テッドから『錬金術』スキルと『料理』スキルの交換を懇願された。
「テッド……済まないが、『料理』スキルは手放すわけには……」
「そこをなんとか。『料理』スキルを得ることは私にとって、これ以上ないことなんです。もちろん、大切に育ててきたスキルを頼むのは図々しいとは百も承知していますが……こんな機会は一生に一度。お願いできないでしょうか!!」
テッドが頭から血を出しながら、何度も地面に頭を擦りつけている。
困ったぞ……。
『料理』スキルは、他のスキルと同じようにスキル屋で手に入れたものだ。
スキル屋で手に入れたスキルは然程、思い入れはない。
しかし、『料理』スキルだけは……僕もゆくゆくは料理人を考えていたんだ。
ここで手放せば、一生手に入らないかもしれない。
そう思うと……。
もちろん、テッドの気持ちは痛いほど分かっているつもりだ……。
「分かりました……言うのは恥ずかしかったのですが、なぜ、私が料理人を目指すのかをお教えします」
……話を聞くしかないようだ。
「私の実家は料理屋なのです。といっても、大きな店ではなく。小さな定食屋なんです。私には一人の妹がいて、どちらも料理系のスキルを手にすることは出来ませんでした」
なるほど……実家の跡を継ぎたいという話か……。
それだけでは、まだ心が揺らぐことはないな。
テッドは『錬金術』という優秀なスキルを手にし、王宮お抱えにまでなっているのだ。
実家の跡を継ぎたいということだけでは……と思ってしまう。
「あ、いや。別に実家を継ぎたいというわけではないのです」
あ、そうですか……。
「実は運良く……といいますか、私の幼馴染が料理系のスキルを得ることが出来まして……それで私の両親がお願いをして、跡を継いでもらったのです」
ほお。
それならば跡を継ぐ必要はないな。
それならば、この話は一体何なんだ?
「今の話でテッドが料理人を目指す理由がイマイチ分からないんだけど」
話を聞いていたミーチャも同じような顔だ。
「そうですね。ここからが核心といいますか……さきほど、妹がいるといいましたが、ものすごく可愛い妹なんです! それはもう……」
ん? 妹自慢がずっと続くのか?
ああ……弟は元気にしているだろうか?
「……というわけなんです」
なるほどな。テッドがどれほど妹が好きか分かったよ。
「ですが……」
テッドの表情が一変する。
にこやかな表情からどす黒い……憎しみに溢れた顔だ。
「あいつが……いや、先程話した、幼馴染のやつが……」
実は幼馴染が女性で、その女性と一緒になるため……という話を想像していたが、どうやら幼馴染は男だったようだ。
「奴は跡を継ぐときの条件として、妹と結婚すると言ってきたのです。私は強く反対しましたよ。当然! しかし、両親は私の言葉に耳を傾けることはなく、勝手に了承してしまったのです」
なるほど。見えてきたぞ。
つまりは妹を取られないためにテッドが料理人となり、店を継ぐ……そういうことか。
しかし、皆がそれで納得しているのであれば、テッドが騒いでもどうすることも出来ないのではないか?
むしろ……
「僕にはテッドが自分勝手なようにも聞こえてしまうんだが」
「そうよね。妹さんからしたら勝手に縁談が決められるのは不本意かもしれないけど、周りが納得しているならって思っちゃうわよね。テッドはただ、妹さんを取られたくないってだけでしょ?」
ミーチャも話に参戦してきた。
「それに『錬金術』スキルが手に入るならって思ったけど、『料理』スキルを手渡した後の事は全く考えていなかったわ。いい勉強ね」
テッドには申し訳ないが……
「違うんです!」
テッドの声は、本当に苦しそうににじみ出るようなものだった。
「確かに妹はわたしにとって大切な存在です。だからといって、手に入れようとかそう言う話では……実は妹には前々から親しい男友達がいるのです。妹は、その男の話をする時はとても楽しそうにするのです。私が願うのは……妹の幸せです。店のために犠牲になっていいものではない。だから……」
そういうことだったのか……。
話は最後まで聞くべきだったな。
なんという勘違いだ。
こんないい兄がいるだろうか?
妹もさぞかし幸せだろう……。
ミーチャもしきりに頷いている。
「よく言ったわ。私も妹ちゃんを応援したくなってきたわ。その男友達との関係が成就するために、出来る限りのことをしてあげましょう。そうよね? ロスティ!」
「ああ。そうだな。テッドが自らのスキルを犠牲にしてまで守ろうとしている者がいる。それを聞いた以上は、僕も応援しなければならないだろうな。わかったよ、テッド。『料理』スキルを君に譲ろう」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! ミーチャさんもありがとうございます!」
こうして、『料理』スキルとテッドの『錬金術』を交換することになった。
『スキル授与』と『スキル受領』を発動し、交換は無事に完了した。
『スキル授与』は☆3は確実だ。
『スキル受領』は分からない。
つまり、テッドに渡した『料理』スキルは☆3は間違いないだろうな。
一方、受け取った『錬金術』スキルはどうだろうか?
「テッド。これで終わりだ。どうだ?」
「ええ。凄いですよ。料理の発想が次々と湧いてきますよ。すぐにでも作りたい衝動に……」
その気持ちは分かるが落ち着いて欲しい。
ふと、『料理』スキルが抜けた脱力感に襲われた。
今まで食材を見ただけで、色々な料理が思いついていたのに……見える景色が一変してしまった。
『錬金術』スキルがどういうものか未だにわからないが……ん?
「テッド。今の仕事はどうするつもりなんだ?」
「え? もちろん辞めますよ。スキルがあるから、やっていただけですから。さて、私はすぐにでも実家に帰るとしますか。それでは、色々とお世話になりました」
急に帰ろうとするテッドを呼び止めた。
『錬金術』スキルを教えてもらわなければ。
何だ、その顔は。すごく面倒くさそうな顔をしないでくれ。
「だったら、私の実家に来ませんか? 是非とも、そこでお礼をしたいので」
ふむ、悪くないかもしれない。
先程、話に出ていた料理屋にも興味がある。
「妹さんにも会えるのかしら?」
「もちろんですよ。基本的に家にいますから」
会うのが楽しみだな。
出来れば、男友達というのも気になるが、それは少し野次馬根性が過ぎるか……。
テッドの店は王宮から近い距離にある、一等地とも言える場所にあった。
小さい店と言っていたが……これが?
「ミーチャ。これが小さい店に見える? 僕には大店にしか見えないんだけど」
「この店……王都でも三本の指に入る店よ」
そうだよね。
ティーサは納得したような顔をしていた。
「さあ、どうぞ」
そういって案内されたのは、店の厨房だった。
両親と紹介された方は歴戦の猛者のような面構え。
手にしているお玉で殴られたら、相当なダメージを負いそうだ。
「テッド。何しに帰ってきたんだ!?」
親子喧嘩が勃発しそうだ。
これは退散したほうが良いか?
「まずはこれを見て欲しい」
テッドは近くにあった食材を軽く炒めた。
さっと出された料理を訝しげに食する両親シェフ。
「おまえ……ついにやったな!」
「私が跡を継いでも?」
「もちろんだ。これで誰が文句を言うというのだ」
どうやら跡継ぎ問題は解消したようだ。
これで妹ちゃんは無事に……
「お兄たん……帰ってきてたの?」
「おお、そうだよ。アイル……会いたかったよ」
絶句した。
そこにいたのは……まだ5歳くらいの少女だったのだ。
そうなると……男友達っていうのは後ろにいる少年か?
なるほど、仲が良さそうだな。
これは……
「テッド。済まないが、スキルを返してくれないか?」
結局、テッドが譲る気がないので戻ってくることはなかった。
……まぁ、いいか。
仲の良い家族がそこにあるんだ。
『料理』スキルもテッドにある方がいいのかもしれないな。
テッドの手料理をお腹いっぱい食べさせてもらったところで解散となった。
あ、そういえば『錬金術』スキルのことを全く教えてもらってないや。
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