第122話 テッドの来訪
魔道具制作は尽く失敗した。
テッドの諦めない姿勢は驚くばかりだったが……。
それに付き合わされたミーチャからすれば、溜まったものではなかったのだろう。
そんな中でテッドから食事の誘いがやってきた。
お腹は確かに空いているが……。
「お断りよ。家にはご飯を作って待ってくれている人がいるんですもの」
メイドのティーサのことだ。
そういえば、工房に行く直前に夕飯を作って待っていると言っていたな。
「テッド。さっそくの誘いだが、済まないな。また、今度……」
「連れて行って下さい!」
少し驚いたが、まぁ魔道具制作にここまで頑張ってくれたのだ。
夕飯くらいは一緒にしてもいいだろう。
でも、問題があるとすれば、食べる場所だ。
外れとは言え、王宮の敷地内。
「ミーチャ。大丈夫だろうか?」
「そうね……まぁ、王宮出入りの職人だから大丈夫よ。いい? 貴方。ロスティに感謝することね」
「ありがとうございます!」
テッドはそんなに一緒に食事をすることが嬉しいのだろうか?
ものすごくいい表情だ。
そんな顔をされたら、今更断ることも出来ないな。
「じゃあ、行こうか」
最初は意気揚々としていたテッドだが、行き先がだんだんと分かってくると足が少しずつ重くなっているような感じがした。
「どうしたんだ?」
「どうしたって……あの……ロスティさん……いえ、ロスティ様はどちら様なのでしょうか? まさか、お貴族様……?」
まぁ、出自を言えば、そうなるが……。
「今はただの平民だ」
どうもテッドから訝しげな視線が注がれる。
そりゃあ、そうだ。平民が王宮の敷地内に居を構えるなどありえないことだ。
まぁ、別に隠しているわけではないからな。
「実は僕とミーチャはS級の冒険者なんだ。それで王の護衛を頼まれてね」
S級冒険者という言葉に驚いてはいたが、すべてが納得いったのかスッキリとした顔になっていた。
結構、表情豊かなんだな。
「なるほど。だから工房にも無謀な願いが出来たんですね」
無謀というつもりはなかったんだけど……
「そうなの?」
「ええ!! 今はとにかく仕事がたくさんありますから。それに割り込むだけの特権があるんですからね。他の職人も驚いていたことでしょうね。それに内容が……」
どうやら無謀だったようだ。
王も出来るかは半信半疑と言った感じだったからな。
「ところで話は変わるが……どうして付いてきたんだ?」
「もしかして、ご迷惑だったでしょうか?」
正直に言って、初対面の者の家に来るというのは、いかがなものかと思う。
なんというか、かなり驚いている。
その理由がどうしても知りたかったんだ。
「そうですか。実は……ロスティさんには打ち明けますが、今の仕事は私には向いていないと思っているんです」
ふむ。
「ただ、周りからは今の仕事が一番だと言われていて……どうしたらいいでしょう?」
そもそも、仕事を変えるように勧めたのは僕だ。
答えは分かりきっていると思うけど……
「実は……全く別の仕事をやりたいんです」
なかなか面白い話だな。
どうもスキルというものがあるせいで、可能性が狭められている気がする。
このスキルだから、この生き方をしなければならない。
様々なスキルを手にしたから分かってきたことがある。
スキルは予想もつかないような可能性があるということだ。
攻撃だけしか使えないスキルが防御にも使え、遊びにも使える。
見方を変えれば、可能性は大きく広がるような気がするんだ。
だから、テッドも『錬金術』スキルがあるからと言って、魔道具制作だけをする必要はないと思う。
冒険者にも『錬金術』スキル持ちはいた。
だから……。
「料理人になりたいんです」
んんん?
それはちょっと……『錬金術』スキルの可能性から離れているかもしれないなぁ。
どうしよう。
「料理人?」
「ええ、料理人です」
確認しても同じ答えだ。
「理由を聞いても?」
「それはちょっと……」
話は終わりのようだ。
テッドに与えられるアドバイスがあるとすれば……
「スキル屋で『料理人』スキルが一億で買えるぞ」
それくらいだった。
「それだけのお金があれば、慎ましく生きれば、一生は安泰ですよね。今の工房でも、それだけを稼ぐとなると……やっぱり、工房はやめられないですよね」
なかなか難しい問題だな。
夢を叶える方法があっても、現状ではそれを叶えるのが難しい。
そもそも夢が叶っても、成功するとは限らない。
「どうやら着いたみたいだな」
外にはいい香りが漂っていた。
若干、首を傾げるような臭いも混ざっていたが……知らない食材か、調味料が使われているのかもしれない。
そう思うと、楽しみになってくるな。
テッドは料理人になりたいだけはあって、匂いだけで料理名や食材、隠し味まで予想している。
それだけを見れば、工房にいるときよりも本当に生き生きとしている。
スキルというものがこの世界になければ、テッドは迷わず料理人の道を選んでいたことだろうな。
これは世界の摂理からすれば、大きく外れていることは自覚しているから、誰にも言えない。
ミーチャにも。
「おかえりなさいませ! ミーチャ様!! それとロスティ様」
トーンが一段下がったような気もしたが、気にしないでおこう。
「ただいま。ティーサ。お客様よ。丁重にしなくていいわよ。食事が食べたいだけみたいだから」
ミーチャは結構、根に持っているようだ。
何時間も魔法の寸止めを強要されたんだからな。
しかも、全て失敗に終わっている。
嫌気が差すのも無理はない。
テッドは全く気にする様子はないな。
テッドは屋敷に入ってから、ティーサにあれこれと質問していたが、全て無視されていた。
「料理の邪魔ですから、あっちに行って!」
ちょっと、邪険にし過ぎではないか?
と思ったが、テッドは気にしない。
工房ではおどおどしていたテッドはここにはいない。
料理に興味を持つ男しかいない。
そんな姿を見て、僕がじっとしていられるだろうか?
「テッド。落ち着け。こっちに座って、じっとしていろ」
実はティーサがどんな料理を出してくるか楽しみだったから、邪魔をしているテッドが煩わしかった。
さて、どんな料理で楽しませてくれるんだ?
「ミーチャ。ティーサはやっぱり王宮の料理に精通しているのか? それとも庶民料理か?」
「え? 知らないわよ。ティーサの作った料理なんて食べたことないもの。それより、出してちょうだい。今日はロスティの嫉妬が見れたから、赤がいいわね」
……はいはい。
『無限収納』から真っ赤な液体が入った瓶を取り出した。
ミーチャに奪い取られ、頬ずりをしている。
相変わらず……なんて、いい笑顔なんだろうか。
テッドは……酒にはあまり興味はないか。
む!? 匂いが近づいてくるぞ。
「お待たせいたしました」
持ってきたのは大きな鍋だ。
蓋をゆっくりと開けると……見たことのない具材だな。
「これは?」
「チャーチャのまるごと鍋ですよ。さあ、ミーチャ様。ご賞味を」
ミーチャは見向きもせずに、グラスだけを見つめている。
それよりもチャーチャーとは?
テッドが説明してくれる。
「チャーチャーは王国では庶民が食べる食材としては一般的ですよ。トカゲなんですが、食べる部分はないんですが、いい出汁が取れるんです。これはそれに野菜を多く入れて……これは……ほうほう、なるほど」
テッドが勝手に自分の世界に入ってしまった。
とにかく、食べてみよう。
一口……ん?
んん?
「テッド。どうだ?」
「これは……」
「ティーサ! どういうつもりよ。こんな不味い鍋、初めてだわ」
「そんな……ミーチャ様ぁ」
さすがはミーチャ。
言葉に出しにくいことをサラリと言ってくれる。
これも二人の関係ならではなんだろう。
「これでは赤の味が台無しになるわ。そこの貴方。せっかくよ。作ってみなさい!」
なんでこうなるんだ?
テッドが張り切って、厨房に走っていったぞ。
そうか……ミーチャはわざと。
これで料理の道に進むべきかどうかを判断するということか。
これはなかなか面白いぞ。
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