第86話 side ギルマス

「全く……どうなっているんだ?」


 冒険者の失踪事件が突如として起きた。


 事件の真相を掴むことは全く出来なかった。


 調査のために派遣した『白狼」からも一切の報告がない。


 それどころか、『白狼』が今回の失踪事件の首謀者という疑いさえ出ている。


 しかし、とりあえずは失踪した冒険者が戻ってきたのは良かった。


 それが駆け出しの冒険者と思っていたロスティ達と思うと驚きだ。


 ここに来た時はF級の登録したばかりのパーティーだったはずだ。


 ミーチャの方は前の街で経験があったようだが、それでもF級だ。


 ガルーダが加わっていたと聞いたから、てっきり彼がリーダーをしたのだと思ったが……。


 ガルーダはあくまでも補助的な役割だったという。


「ロスティ……何者なんだ? 確かに短期間で階級を登る者は少なくない。しかし、大抵の者は調子に乗り、身を崩す。そのせいで大した成果も残さずにダンジョンの塵になってしまうものだ。しかし、ロスティは違う。何かが違う」


 しかも、ドロップ品の持ってきた量は何だったんだ?


 『無限収納』に入れてあると簡単に言っていたが、そんなに便利なものだったか?


 ポーション瓶20本が入れば、大したものだというのが常識ではなかったのか?


 あの者は……確実に冒険者ギルドに味方するようにしなければな。


 最近は、冒険者ギルドに属していながら、商業ギルドや教会に尻尾を振る冒険者が増えてきている。


 しかも、巧妙に隠されているせいで誰がそうなのか全く分からん。


 厄介なことだ。


 なんにしろ、冒険者失踪の一件は他のギルマスとも協議をしなければな……


 するとドアがノックされた。


 こんな時間に人が来るのは珍しいな。


「どうした?」


「それが……教会支部の支部長がおいでになっています」


 支部長だと!? あの守銭奴が何の用なのだ。


 慇懃の頭を下げてくる……唾を吐きかけたいほど気に食わないやつだ。


「何用だ」


「そう警戒はなさらないで下さい。本日は手打ちをしたいと思いまして、伺いました」


 手打ち、だと?


「我々の情報網では、どうやら失踪事件は解決したそうですね。なんでもモンスターが事件の首謀だとか。そして、そのモンスターは討伐されたと。実に優秀な冒険者をお持ちのようですね」


 モンスターが首謀だと?


 こいつのいう情報網など、大したことがないのかも知れないな。


 話を聞いてみよう。


「失踪事件が解決したとなれば、我々の間にあった問題は無くなったも同然。こちらが提示した回復魔法師の価格については、通常に戻させて頂きます」


 ほお。


 気に食わない支部長にしては大胆なことをしたものだな。


 元々、価格のつり上げが不当だったのだ。


 それが通常に戻っただけで偉そうに。


 むしろ、迷惑料として安くしてもいいくらいだと言うのに。


「それは有り難い申し出だ。こちらとしては何も言うことはない。しかし、わざわざそんなことを伝えるために来たのか?」


「もちろんです。教会は決して冒険者ギルドと事を構えるつもりはありません。共存共栄こそが教会本部の考えなのです。これを機に今までのことは水に流し、懇意になっていただきたいと思いまして……」


 白々しいことを言う。


 こちらが何を言っても、取り付く島もなかったくせに。


 懇意だと? 個人的にはぶん殴って、断りたいところだが……


「我らとて、それは望むところだ。それで? 回復魔法師はいつから開放するのだ?」


「それはすぐにでも。ただ、今回の一件で本部から優秀な魔法師の召喚がありまして……代わりに送られてきた魔法師が、あまり品質……いや、能力が良くないのが多いのです。ですから、しばらくお時間を頂ければ、優秀な……」


 支部長は長々と言っていたが、要はこの街には使えない回復魔法師しかいないということか。


「できるだけ早く、人材を集めてくれ」


「もちろんでございます。それでは私はこれで。そうそう、今回の問題を解決した冒険者……名前はロスティと言いましたか? 実にいい冒険者ですね。私も一度、お話をしてみたいものですね」


 そこはしっかりと把握されていたか。


 まぁ、無理もない。


 今やロスティの話題で持ちきりだからな。


 ロスティの争奪戦が始まるやも知れぬな。


「知っていると思うが、冒険者ギルドに所属している冒険者を勧誘することだけはしないでもらいたい」


「ギルマスも心配症ですね。私はただ、話をしたいだけ。お互いの規約を無視するような真似はしませんよ。もっとも、向こうからこちらに鞍替えをすると申し出てきた場合は……分かっていますよね?」


 教会に所属するも冒険者ギルドに所属するも本人の自由だ。


 勧誘は禁止されているが、その規定は有名無実なことは誰もが知っていることだ。


 これを持ち出しても、牽制にすらならないな。


 支部長はそのまま部屋を出ていった。


 ロスティか……再び、特別昇級を出すのはいささか早計な気もするが、他のギルマスと諮ったほうが良さそうだな。


 ロスティは将来、必ず凄い冒険者になるはずだ。


 再び、ノックが……。


 随分と客が多いな。


「どうした?」


「トリボンのギルドより急ぎの連絡が参りまして……」


 トリボンと言えば、商業と工業の街。


 鍛冶師を多く抱え、王国の武器製造の中枢とも言える場所だ。


 そこのギルマスからの手紙……


「ほお」


 内容は待ちに待ったものだった。


 武器屋と雑貨屋がこちらにやってくるというのだ。


 冒険者の多くは、今回の一件で武器と防具を失った。


 しかし、用意できる武器防具には限りがある。


 そのため、他の街のギルドに流れてしまうおそれが高まっていたのだ。


 ここでこの報告は実に有り難い。


 しかし、手紙には続きがあった。


「護衛か……」


 商業ギルドの妨害が暗躍しており、こちらからも護衛としての冒険者を送ってほしいというのだ。


 確かに、今回の移動は失敗するわけにはいかない。


 失敗すれば、最悪サンゼロから冒険者がいなくなってしまうかも知れない。


 そうなると、凄腕の冒険者が必要だな……。


 考えうるのはA級冒険者『オルフェンズ』だ。


 この街、唯一のA級冒険者だ。


 しかし、今回の一件で彼らも大きな被害を受けている。


 そうなるともう一組くらい欲しいところだ。


 ガルーダは……パーティーがゴタゴタしているというからな……。


 やはり、ロスティしかいないか。


「至急、ロスティを呼んでくれ。それと『オルフェンズ』もな」


 本当に今日は様々なことがあった。


 ただ、どれもがいい報告だ。


 きっと、全てが上手くいくはずだ……

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