第78話 セーフゾーン

 五階層にたどり着いた。


 ここでは時間の感覚が全く無い。


 ダンジョン内だと言うのに、昼も夜もなく常に明るい。


 太陽があるわけではないのに、なぜか明るい。


「それはほれ。壁を見てみろ」


 ガルーダに言われたとおりに近寄ってみてみると……壁が光っている。


 これが明るさの正体か……しかし、これは……


「ああ。虫だ。妖光虫といわれているらしいが、正式名は知らん。とにかく、そいつは壁一面にいるおかげでダンジョンは明るいらしいぞ」


 変わった虫もいるものだな。


 しかし……壁一面と考えるとゾッとするな。


 ちなみに妖光虫は本当によく見ないと分からないほど小さな虫だ。


 見ていても動く気配がない。


「どうやら壁から栄養を取っているらしいぞ。詳しいことは知らないがな。それで? どうするつもりだ?」


 実は五階層に入ってから相談をしていたのだ。


 休憩して、先に進むか。


 それとも一旦引き上げるかだ。


「これから先はどんどんモンスターも強くなってくるだろう。俺は先に進んでも構わないが、小僧達は初めてだ。そろそろ疲れが溜まってくる頃合いじゃないか? ダンジョン攻略は万全に期することが重要だ。一旦、引き返して、改めてダンジョン攻略をするのも手だぞ」


 ガルーダの言い分はもっともに感じる。


 たしかに五階層まで来る間にモンスターが休み無く襲ってくるのは体力的にと言うより精神的にくるものがある。


 正直に言えば、宿に戻って休みたいという気持ちがある。


 しかし……


「ミーチャはどう思う?」


「私はロスティに任せるわ。あなたの側にいれれば、私はどこだっていいんだもの」


 何気に恥ずかしいことを平然と言うんだな。


「僕だって……」


 と言いそうになるのを止める。


 ガルーダの前で言うのが、ちょっと恥ずかしかったからだ。


「僕はこの先に進もうと思う。きっと失踪した冒険者の足取りをもう少し進んだら掴めると思うんだ。ただ、精神的に疲れているのは間違いないと思う。だから、少しでもゆっくりと休めるところがあれば……」


「小僧は本当に良い奴なんだな。ならば……いいところがある。そこに向かおう」


 どうやらダンジョンにはセーフゾーンというのがあるらしい。


 絶対に安全というわけではないが、モンスターの死角に作られた場所だ。


 そういう場所を冒険者が発見するとギルドが人工物を構築するようだ。


 これも冒険者の生存率をあげるための工夫らしいが……


「全然知らなかったな。ミーチャは知ってた?」


「いいえ。ギルドで見たダンジョンのマップにもそれらしいものは無かったと思うんだけど」


「それはそうかもしれないな。なにせ、セーフゾーンに認定されたのはつい最近だ。マップにも載せる時間がなかったんだろうな」


 それを知っているガルーダは何者なんだ?


 聞いてみると、どうやらガルーダが発見したらしい。


 なるほど……道理で知っているわけか。


「これは……」


 案内されたセーフゾーンはなるほどと言った感じだ。


 岩に囲まれた十人以上が簡単に入ることが出来る広い空間だ。


 出入り口は頭上の細い通路のみ。


 人間がなんとか入り込めるほどの隙間しかないので、モンスターが入ることは不可能だろう。


「これなら、少しは休めそうだな」


「ロスティ。まずは食事にしましょう」


 それはいいな。


 考えてみたら、ずっと食事をしていなかった。


 モンスターとの戦いに緊張していたせいか、食欲も湧かなかったからな。


 今は安心したせいか、急に空腹を感じるようになった。


「ガルーダも一緒に食べるだろ?」


「俺は乾燥肉があるから、大丈夫だ。それともサンドイッチがまだあるのか?」


 まだあるが、サンドイッチを昨日から食べているせいか、今は食べる気はない。


「サンドイッチは食べないぞ。別のものになるな」


 ガルーダは大きなため息を付いた。


 そんなにサンドイッチが気に入っているのか?


 落ち込んだガルーダは乾燥肉を口に加え、何度も咀嚼しては美味しくなさそうに食べていた。


 まぁいいか……。


 とりあえず、『無限収納』からキッチンを取り出す。


 さて、何を作るかな。


「ちょ、ちょっと待て!! どういうことだ?」


 ガルーダが騒ぎ始めたが、今は料理に集中だ。


 材料はせっかくだから大量に手に入ったフォレストドラゴンの肉を使う。


 旨味はあるが、どうしても硬さが残る食材だ。


 これを克服すれば、食材としてのランクは二段ほど上がるだろう。


 今からダシに漬け込むような時間はない……だとすれば……。


 ミンチだ。


 筋? 関係ない。とにかく粉砕だ。


 目にも止まらない包丁さばきにより、肉の塊がふんわりとしたピンク色のミンチ肉に変わっていく。


 美しいな。


 この肉を見ると、つい僕の好物のハンバーグが食べたくなってしまう。


 いいだろうか? いいよね。


 しかもただのハンバーグではない。


 卵を使う。


 さきほどワイバーンを倒した際にドロップしたワイバーンの卵がある。


 少し試食してみたが、実に濃厚な味だった。


 『料理』スキルは警鐘を鳴らした。


 ミンチ肉にワイバーンの卵を混ぜると……美味すぎる、と。


 作らないわけにはいかなかった。


 ハンバーグの付け合せは、フライドポテトだ。

 

 といってもジャガイモではない。


 植物系モンスターがドロップしたポテーの根という食材がある。


 外見が芋に似ていて、色や味も似ている。


 違いがあるとすれば、抜群に美味いということだろうか。


 『料理』スキルの警鐘が煩いほどだ。


 完成!!


 ハンバーグランチだ。


 パンと余ったミンチ肉で作ったスープを合わせた。


「ミーチャ。出来たよ。殆どの食材がダンジョン産なんだよ」


「すごいわ。匂いだけですごく幸せな気分にさせてくれるわ。でも、食べたらもっと幸せになるんでしょうね」


 嬉しいことを言ってくれる。


 『無限収納』から取り出したテーブルに料理をセットして、頂くことにした。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」


 ガルーダ、いたのか。


「どうしたんだ? 乾燥肉が足りなかったのか?」


「小僧。それはないのではないか? 色々と驚いているが……その美味そうなものを目の前にして、俺が我慢を出来るとでも思っているのか? いくらだ? いくら払えば、それを食べさせてくれるんだ?」


「冗談だよ。もちろん、ガルーダの分の用意してあるよ。それに僕達は今は同じパーティーだ。金なんて取るような真似はしないよ。ただ、これからも食材のドロップは……」


「なんでもいい。早く! 早く、食わしてくれ。匂いで狂っちまうぜ」


 料理人の心をくすぐるような言葉を言われてしまっては、何も言えないな。


 ミーチャとガルーダは、まさに無我夢中。


 といった様子で、ハンバーグランチに食らいついている。


 ミーチャは感心したような声を上げ、ガルーダは涙を流しながら、絶叫していた。


 僕も食べてみるが……美味いとは思うが、まだまだだな。


 しかし、食べているとどうも体に違和感があるな……。


「二人共、体に違和感を感じないか?」


「確かに……感じるわね。なんというか、暖かくなってきていると言うか……ううん。違うわ。体力が回復しているのよ。さっきまで疲れていたのに……」


「小僧……何をしたんだ? 料理にポーションでも入れたのか? いや、そんな素振りはなかった。しかし、確かに体力が回復している。しかもポーションなんてレベルではないぞ。ハイポーション級か? 飯を食って、こんなことを感じたのは初めてだな」


 どうやら『料理』スキルには、料理に体力回復効果を付与することが出来るみたいだ。


 これって……すごくないか?


 料理のおかげで、疲れは一瞬で吹き飛び、すぐにでも行動を開始できるほど体調が良くなった……。


 セーフゾーンから出ると、目の前には大量のモンスターがひしめき合っていた。


 どうやら、料理の匂いに釣られてきたようだ。


「ロスティ。手の込んだ料理はやめにしましょう」


 その方が良さそうですね。

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