ダンジョン編

第64話 ダンジョンに行く前に

 B級に昇級を受けて、新しい宿を割り振られることになった。


「へぇ。凄くキレイな場所ね」


 それもそのはずだ。


 なにせ、新築だからね。


 僕達が来た頃はサンゼロの街は、薄汚れた街という印象しかなかったが、最近は随分と様子が変わってきた。


 ギルドも古びた倉庫からやや古びた倉庫に変わった。


 内外の塗装をし直して、朽ちた板だけを変えただけだけど、随分と印象が変わるものだ。


 この新築の宿は、ギルドの管理する物件ということもあり、B級でいる以上は無料となる。


 その代わり、実績をある程度要求されるが、大したことはない。


「そろそろダンジョンに行きましょうか」


 ミーチャもすっかり冒険者という感じになってきた。


 まだまだ闇魔法の使い方を勉強している段階だけど、最初に比べれば詠唱速度が飛躍的に早くなった。


 それに幻影魔法で分身を作り出すのだが、最初は四体しか出せなかったのが、今では十体も出せる。


「そろそろ課題をクリアしたいところだね」


「なかなか難しいのよね」


 課題というのは分身魔法についてだ。


 十体を出すことによるメリットは、時間稼ぎと敵の注意を拡散させることだ。


 しかし、大きな問題点があった。


 分身魔法で出す分身は、術者のイメージに大きく影響を受ける。


 どういうことかと言うと……


 十体のうち、数体は僕の戦う姿形をしている。


 これは大丈夫。


 モンスターも警戒をしてくれる。


 でもね、他の数体は話にならない。


 寝転がっている僕なのだ。


 気の抜けた表情を上手く再現した芸術的な一体だ。


 しかし、モンスターには相手にされない。


 これでは意味がない。


 酷いものになると、トイレに入っているシーンだったりする。


 いつ、見られたの?


 と思いたくはなるが、ミーチャはシラを切り続けている。


 さらにはシャワーを浴びているシーン。


 どうして、そんなのが?


 ……とにかく、非戦闘的な姿勢を取る分身が多い。


 そのせいで、折角の分身魔法が無駄になっているんだ。


「でもさ、どうしてもイメージしちゃうんだもん。それでね、私、考えたの。課題は諦めて、数を増やすことを考えましょうよ。戦う姿が欲しいんでしょ? いっぱい作れば……」


 却下だ!


 何が嫌だって、僕のアラレもない姿をした分身がそこかしこにあることだ。


 想像してみて。


 トイレに入っている僕が何体もあることを……


 それだけでモンスターと戦う気がなくなる。


 むしろ、恥ずかしさで逃げたくなるよ。


「私よりロスティはどうなのよ?」


 どうって言われてもなぁ……


 変わったことと言えば、二刀流を使うようになったってことかな。


 木聖剣は使えば使うほど、手に馴染んでいく感触はある。


 攻撃力という点では、打撃系の武器としては悪くないと思う。


 だけど、モンスターの相性を選んでしまうところがある。


 フォレストドラゴンみたいに固い殻や鱗に覆われているモンスターには、ダメージが通りにくいんだ。


 僕のパーティーはミーチャだけだ


 ミーチャは闇魔法使い。


 闇魔法は直接的な攻撃手段としては使えない。


 それに武器による攻撃なんかはとても期待できない。


 そうなると唯一の攻撃力は僕だけとなる。


 相手を選ぶ木聖剣だけでは限界を感じていた。


 特にダンジョンでは……


 そこで思いついたのが、偶然にやった二刀流だ。


 もちろん、もう一つの武器は剣だ。


「そういえば、その剣は返さなくていいの?」


 もちろんだとも。


 ダンジョンに落ちている武器は誰のものでもない……ってギルマスが言っていた。


 ダンジョンってものすごく不思議なところで、冒険者が落とした物は時間が経過するとダンジョンに吸収されるらしいのだ。


 まだ見たことがないから半信半疑だけど……


 だからなのか、拾った武器は自分のものにしてもいいってルールが出来ているみたい。


「ふーん。でもさ、それって結構いい剣よね?」


 剣と言うよりは短剣に近いのかも知れないな。


 軽いし、肉厚な刃渡り。


 こういう物はこれだけでかなりの値打ちがあるものだ。


 つまり、僕の戦闘スタイルは木聖剣による打撃と短剣による斬撃ということになる。


「二刀流はまだまだかな。『戦士』スキルで武器の扱いはそれなりだけど……それなりなんだよね。それに良い短剣って言っても、モンスターと戦っているせいで刃こぼれが増えてきちゃったんだ。そろそろ、研がないといけないんだけど」


 これはサンゼロのギルド全体の問題となりつつある。


 武器の摩耗が見過ごせないほどになってきているのだ。


 武器のメンテナンスが出来る人は問題ないが、そんな人ばかりじゃない。


 早く武器屋が来ることを願っているんだけど、思った以上に遅れているみたいだ。


 ギルマスも結構、焦っている感じかな。


 大きな顔に凄く汗かいていたし。


 あっ、これは普通に暑いだけか……


「まぁ、私達は別に急いでいるわけではないし、ゆっくりやればいいのよ。『白狼』の人達もダンジョン攻略はかなり難航しているって言うしね。今は実力を上げるときよね」


 ……ミーチャがまともなことを言っている。


 いや、いつも言っているような気もするけど……なんか違うんだよね。


 だけど、今回はその通りだ。


 今は実力を養う時。


 そして、武器屋が来たら、武器と防具を新調する。


 雑貨屋が来れば、回復薬とかを購入する。


 これで初めて、僕達はダンジョンに挑むことが出来るんだ。


 二人でそれからも他愛もない話をしてから、修行のためにダンジョンに向かおうとすると、扉が荒々しくノックされた。


 このノックは……


「よお。小僧と嬢ちゃん。まだ、いたか」


 ガルーダだ。


 ガルーダもこの宿に引っ越してきている。


 ちなみに最初は隣だったんだけど、夜な夜な変な声が聞こえてくるから、部屋を変えてもらったんだ。


 それはさておき……


「どうしたんだ? 僕達はこれからダンジョンに……」


「いやよぉ、新しいS級パーティーが来るらしいぜ。これからギルマスから紹介があるって。どうせ、知らないだろうと思って教えに来たんだ」


 へぇ……まぁ、あまり興味はないかな。


 話を流そうとしたら、ミーチャに怒られた。


「『白狼』を見たでしょ? S級パーティーの実力は相当なものよ。学べるものがあったら、学ぶべきだわ」


 ……実はミーチャは『白狼』に入れ込んでいる。


 というよりは、ルカだ。


 いや、別に関係性があるってわけじゃないよ。……多分。


 ルカは、何度も僕とミーチャの関係を褒めてくる。


 それがミーチャにとっては凄く嬉しいみたいだ。


 そのせいで、S級というのに良い印象を持つようになっていった。


「さあ、行きましょ!!」


 結局、連れ出されることになった。


 まぁ、ダンジョンに行く前にはギルドに顔を出さないといけないんだけどね……

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