第49話 初戦闘

 突然、現れたモンスターの爪で切りつけられそうになるのを、かろうじて避ける。


 動けるぞ……。


 これが『戦士』スキルの力なのか?


「おい、小僧。おまえの腕じゃ、無理だ。逃げろ!!」


 ガルーダが声高に叫ぶが、モンスターがそれを許してくれない。


 目の前にいるのは巨大な狼。


 よだれを垂らしながら、唸って威嚇してくる。


「よく聞け! ジャイアントウルフの弱点は眉間だ。そこを狙え!」


 逃げられないと思ったのか、再び、ガルーダが叫んだ。


 ジャイアントウルフっていうのか。


 そのままの名前だな……


 ガルーダの声に一瞬だが、ジャイアントウルフの視線が動いた。


 今だ!!


 木聖剣を腰から払い、一点を突くようにジャイアントウルフに跳んだ。


 最高のタイミング、絶対に避けられない……はず。


 しかし、ジャイアントウルフは予想外の行動をして、後ろに一歩だけ引いたのだ。


 くっ……これでは届かない。


 足がつくと、更に一撃を加えようと体勢を整えたが……


 強烈な衝撃が体に走った。


 ゴロゴロと転がされ、全身が砕けてしまったかのような激痛が襲いかかる。


「ぐあああ」


 なんて、痛いんだ。


 と、とにかく、ポーションだ。


 瓶を開け、一気に飲み干した。


 痛みだけはなんとか引いたが……まずいな。


 左腕が動かない。折れたか?


「今でも遅くない!! 逃げろ!」


 ガルーダが叫んでいるように聞こえるが、耳に入ってこない。


 鼓動が世界の全ての音のように、妙にうるさく聞こえる。


 目の前のジャイアントウルフがゆっくりとこちらに向かってくる。


 ……妙に遅いな……これなら。


 迫りくるジャイアントウルフ……


 相変わらず、爪を立てての攻撃。


 上がらない左腕めがけて、爪が襲い掛かってくる。


 僕は、ジャイアントウルフの振り上げた腕めがけて、木聖剣で振り払った。


 当たった衝撃は思ったよりも軽い。


 木聖剣も折れない……。


 いけるぞ。


 ジャイアントウルフは、振り上げた腕を払われたせいで、一瞬だけ体勢が緩む。


 その一瞬に僕は全力でジャイアントウルフに体当たりをした。


 思った通りだ。


 力が増している。


 体当りされたジャイアントウルフは、小さな悲鳴を上げながら、大きく体勢を崩した。


 木聖剣を振り払い、足に力を溜め、一気にジャイアントウルフめがけて、渾身の突きを放った。


 ジャイアントウルフは対応できず、深々と眉間に木聖剣が突き刺さった。


「ぎゅえぇ」


 聞いたこともない声を上げ、ジャイアントウルフは絶命した。


 僕は息を切らせながら、高揚感に全身が支配されていた。


 これがモンスター。


 これが冒険者。


 これが……命をかけた真剣勝負……。


「ふっ……ふっふっふっ……勝った! 勝ったぞ!!」


「小僧……よくやったな!! まぐれ……いや、運も実力のうちだ。それよりも、ポーションをくれないか?」


 高揚した気分が一気に冷めていく。


 ポーションを差し出すとガルーダが驚愕の顔を浮かべ、違う方向を向いていた。


「くそっ。もう嗅ぎつけてきたやがった」


 ジャイアントウルフは本来、群れで行動する。


 倒したのは偶々はぐれただけの個体だったかも知れない。


 そして、仲間の血を嗅ぐと……群れでどのようなものでも襲いかかるモンスター……


 高揚しているからか?


 分からない。


 でも……やれる気がするんだ。


 木聖剣を手に取り、立ち上がった。そして、ポーションをガルーダに投げ与えた。


「小僧。何をするつもりだ。おい、やめろ! さっきのまぐれ勝ちで調子に乗るな。仲間の血を嗅いだジャイアントウルフを舐めて掛かると痛い目にあうぞ!」


「分かりません。だけど……やれる気がするんです」


「寝惚けてんじゃねぇ。オレにやられたのを忘れたわけじゃねぇだろ! オレでも勝てねぇ相手に、おめぇが勝てるわけ……おい、行くんじゃねぇ!」


 体が動く……


 左腕も問題ない。


 信じられないほど、体が軽やかに動く。


 襲いかかってくるジャイアントウルフは四匹。


 まずは一匹……最初に襲い掛かってきたやつの眉間に蹴りを食らわす。


 その反動を利用し、後ろにいる一匹の頭上に木聖剣で叩きつける。……二匹目。


 ジャイアントウルフの頭蓋が砕けたような音が聞こえ、手に嫌な感触が伝わる。


 今度は二匹同時……


 木聖剣を横一閃に振るうと、一匹の頬を叩きつけ、吹き飛ばす。……三匹目。


 吹き飛ばした一匹を飛び越えるように襲い掛かってきた……


 木聖剣では対応できない。


 いや、必要ない。


 木聖剣を落とし、両手で狼の顔を掴み、思いっきり投げ飛ばす。木の幹に激突……四匹目。


 残りのジャイアントウルフは、その異様な状況に警戒色を強めているのか、安易に襲いかかろうとしなくなった。


「今だ。逃げるぞ!」


 ポーションを飲んで、体力を取り戻したガルーダが僕の手を引っ張り、ジャイアントウルフの群れから逃げた。


 ジャイアントウルフが追ってくる気配はなかった。


 じっと、こちらに唸りを上げるだけだった。


「ハァハァハァ。ここまでくれば大丈夫だな。驚いたぞ、小僧」


 血みどろになった木聖剣を見つめた。


 僕がやった?


 自然と体が動いた。


 まるで僕の体ではなかった。


 これが『戦士』スキルの力……


「どうやら、スキルの熟練度が上がったみたいです」


「ふざけたことを言うな。これだけの戦闘で上がるわけねぇだろ。おめぇ……あんときは手を抜いていやがったな?」


 そんな訳無いだろに。


 といっても、『錬成師』スキルがなければ、そう思われても仕方ないかも知れないな。


「まぁ、無理はねぇ。F級でジャイアントウルフを蹴散らすだけの実力があるやつなんて目をつけられて潰されるのがオチだからな。今回は助けられたんだ。どんな理由があっても、黙っておいてやる」


 ありがとう、というべきなのか悩むけど……


「助かります」


「良いってことよ!! おめぇなら、ダンジョンも踏破できるかも知れねぇな。へへへっ。大したもんだな!」


 ガルーダがバシバシと体を叩いてくる。


 こんなに上機嫌な理由が分からない。


 だが、おかげで冷静さが少しずつ取り戻し、ここにいる理由をようやく思い出した。


 場違いなのは分かっているつもりだ……でも、聞かなくては……


「ドブ攫いの現場はどこですか?」  

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