第44話 ドブの中の真珠

 ドブ攫い……排水口などに溜まったヘドロを掻き出す作業だ。


 この辺りの事情は詳しくは知らないが、排水口なんて施設はどこにも見当たらない。


 しかし、あれだけのドブ攫いのクエストがあったんだ……なにか、臭うな……


 む? 本当に臭うぞ。


 地図を頼りに、右左と進むうちに大きな集落が姿を現した。


 サンゼロの街はもともとは鉱山の街。


 煤と灰、そして泥にまみれたような街。


 しかし、ここにある建物は……まるで王都にでもありそうな洗練されたものだった。


 各家には大きな庭があり、まるで犬でもいそうなほど、裕福な雰囲気がある……かつては。


 今は、庭と思われる場所は荒れ果て、草が生い茂る。


 建物は管理が行き届かないのか、ツルが壁一面に絡みついている。


 洗練された建物が並ぶ……廃墟だ。


 そして、目的のものがあった。


 排水溝だ。


 各家から延々と続く排水口。


 ただ、排水口の底は見えず、延々と見える真っ黒い道のようだ。


 ……急に帰りたくなった。


 踵を返して、もと来た道を戻ろうとした。


 臭い……


「もし……」


 見つかってしまった……。


「な、なんでしょ?」


「もしかして、ドブ攫いのクエストを受けてくださった方ですか?」


 ここで頷けば、ドブ攫いにまっしぐらだ。


「いやぁ。あははっ……ちょっと迷っちゃって……どうやら、ここではないようですね。それではぁ」


 そのまま、帰ろうとしたが、腕を掴まれた。


「逃さぬよ。おまえさんが握っている紙はなんだい? 私がギルドに提出したものだろ? ドブ攫いに来たんだろぉ?」


 ひいい。怖い。


 声からははっきりしなかったけど、近くで見て、はっきりと分かった。


 白髪まじりの婆さんだった。


 顔がものすごく怖い。怒ってる?


 それにしても、なんて力なんだ……。


「あれ? もしかして、ここでした? いやだな。逃げるだなんて……ドブ攫いでしょ? やりますよ。どこからやります?」


「おお、そりゃあ、助かるね」


 一転して、表情がにこやかなものに変わる。


「じゃあ、こっから始めてもらおうか……」


 …………


 終わった。


 夕方までかかってしまったが、なんとか終わらせることが出来たぞ。


 僕はやったんだ!!


 夕日に向かって、喜びの小躍りをしていると婆さんが姿を現した。


「さすが若い人だ。この調子で、あと一週間、頼むよ!!」


 ……? ????


「いやいやいや、何を言っているんですか? 今日一日の仕事だって、この紙に……あれ?」


 書いていないぞ。


 絶対に確認したはず……いや、待て。


 僕は新しいクエストを手に取ったな。


 それまでにボードに貼り付けられていたものは一日だけのもの。


 新しいやつも同じと思いこんでしまっていた。


「ほほほっ。じゃあ、頼みましたよ。一応、一日目のサインだけはしておくよ」


 呆然と立ち尽くす間に、婆さんはどことなく去っていった。


 宿に戻ると、ミーチャに徹底的に体を洗われた。


「臭いとかじゃないからね? なんというか……ほら、私だけ休んでいる形じゃない? だから、少しでもロスティの疲れが取れると良いなって思って……」


 体がひりひりするほど、タオルで擦られてしまった。


 痛くて、寝れない夜を過ごした……。


 それから一週間は、毎日ドブ攫い。


 もうね、凄いよ!!


 毎日やっているとね、ヘドロの良し悪しが分かってくるんだ。


 まぁ、いちいち説明はしないけど、一週間の予定が四日で終わらせることが出来た。


「やるね。あんた」


「お褒めに預かり光栄です。ローズさん」


 四日も通っていると、自然と仲が良くなるもんだ。


 この婆さんは、以前は教会支部で勤めていたらしく、老後の蓄えでこの地区の建物に住み移ったらしい。


 最初こそ、鉱山で賑わっていたサンゼロの街は住みやすかったらしいが、閉鉱が相次ぎ、だんだんと暮らしが難しくなっていったようだ。


 ドブ攫いだって、鉱山で働く人夫に頼んでいたのが、今はいない。


 そんなときにダンジョン騒ぎだ。


 ダンジョン求めて、人が集まり、ギルドが作られた。


「本当に助かったよ。ギルドがなかったら、私はここを引越ししないといけなかったからね。でも、私のような老人には行く宛もないからね」


 なんとなく寂しそうな顔をしていた。


「唯一の財産のスキルを売って、好きな場所にでも暮らそうとも思っていたんだよ」


 たしかにスキルを手放せば、まとまった金が入るだろう。


 そうすれば、好きなところに住むことは難しくないだろう。


「でもね。私のスキルはいわゆる……ゴミスキルってやつさ。教会でお目こぼしみたいな仕事を貰ってほそぼそと仕事をしていたんだけどね……この家だって、本当は借家なのさ」


 だんだんと寂しい話になってきたな。


 てっきり、洗練された建物に住んでいるから裕福な人かと思っていたんだけど、そんな事はなかったようだ。


 そういえば、『買い物』スキルも世間ではゴミスキルって言われているって、ミーチャに聞かされた時は驚いたもんだな。


 その時は有効性を肌で感じていたから、思い込むようなことはなかったけど……。


 一生付き合うとなると、どんな気持ちなんだろうか?


「ローズさんはどんな仕事を?」


「私はスキルの授受に関する仕事さ」


 んん? なんだか、気になる単語が出てきたぞ。


「神官長は全員『スキル授受』というスキルを持っているのは知っているね?」


 うん、全然知らない。


 けど、知っているふりをしておこう。


「私のスキルは神官長の保険として使えるって言うんで採用されたんだよ。まぁ、なんだかんだ働かせてもらったから文句はないけど……神官長を最後に一発殴りたかったもんだね」


 ローズさんと神官長の間に何があったか、ものすごく気になるが……。


 僕の関心はそこではない。


 『スキル授受』のスキルを持つ神官長の保険、そして、スキル授受に関する仕事……


 導き出される結論は……


「あの、聞くのはものすごく失礼だと思うんですけど……ローズさんのスキルって…・・?」


「ああ。別に隠す必要もないけどね。『スキル授与』ってやつさ。本当にさ、神殿か、スキル屋で働けなかったら、無能者と何ら変わらないスキルさ」


「無能者なんて……」


「あんたに何が分かるっていうんだい!! 冒険者なんて、皆のあこがれじゃないか。それを出来るって言うことは、それなりのスキルを持っているんだろ? そんな人に私のような人間の気持ちが分かってたまるかい!!」


 何も言えなかった。


 たしかに今は『戦士』スキルなんて大層なものを持っている。


 最初から持っていれば、ローズさんの言うとおりなんだけど……。


「実は僕も無能者と蔑まれていた時があったんです。なんとか、スキルを買うことが出来て、立ち直ることが出来たんですけど……」


「本当かい? そんな人が実在するだなんて……まるでおとぎ話の主人公みたいだね……」


 ちょっと、何を言っているか分からなかったけど、ローズさんの機嫌は少しは直ったようだ。


 言って良いのかな?


 ダメかな?


「ローズさん。そのスキルを僕に譲ってもらえないでしょうか?」


 ローズさんの呆けた顔が凄く印象的だった。

 

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