第28話 大人買い
とんでもない話になってしまったな。
横にいるミーチャの口が開きっぱなしだ。当然、僕のも開きっぱなしだ。
「ライアン店長。この生地の買い取りって、もっと出来ますか?」
ライアン店長はにこやかな顔を崩すことはなかった。
「もちろんです。持ってきていただければ、それなりの値段で買い取らせてもらいますよ。私の予感ではもっと値が上がりそうな気がしますよ」
その言葉に心が大きく跳ね上がった。まだまだ値上がる!?
今でも破格と言うのに……
「分かりました!! 本当にありがとうございました!!」
「いいえ。こっちもいい商いをさせてもらいましたよ」
ミーチャも急に大金が入ったことに驚いていた。僕達はとりあえず宿に向かった。
「ミーチャ。僕は反物を買いに行こうと思うんだ。どうする? 付いてくる?」
「いいの? ロスティがいいって言うならついていくわ。それにしても商人ってすごいのね。私なんて一日に2万を稼ぐのが精一杯なのに」
冒険者の儲けというのは、ランクでほとんど決まるみたいだ。
ランクは駆け出しのFランクから始まり、英雄クラスのSランクまであるみたいで、貢献度に応じてランクが上がるみたいだ。
ただ、Sランクともなると、時々出没するダンジョンを攻略しなければ認められることはないらしい。
ちなみに今回の儲けだけ見れば、Aランク相当の稼ぎのようだ。
生地屋に行くと、店番をしているマリーヌが暇そうに座っていた。
こんなにすごい店なのに、繁盛しない理由が分からない。
いや、店には悪いけど、繁盛しないほうが僕の商売としてはいいのか……なんか複雑だな。
「あら。ロスティさん。最近、顔を出さないから心配していたんですよ」
マリーヌが嬉しそうな顔をして、近づいてくるのをミーチャがさり気なく前に出てきて、遮ってくる。
そんなに挨拶でもしたいのかな?
「今日はお連れ様をご一緒でしたか……ご紹介していただいても?」
僕に聞いているようだが、ミーチャが手で僕を制してきた。これは話すなということか?
「私はミーチャ。ロスティの妻、です。主人がお世話になっているようで。今日はお礼をしに伺いました」
「妻? ロスティさんの……そうですか……いえ!! お世話になっているのはこちらの方で。たくさん買い物していただいて、両親も喜んでいます」
そういえば、マリーヌの両親には会えていないな。
本当は大儲けさせてもらったから、お礼をしたいところだけど……。
「実はね。以前、買った反物をまた買いたいと思って来たんだ。あるかな?」
「以前? ああ無垢のですか? たくさんありますよ」
マリーヌが店の裏に行こうとするのを呼び止めた。
「違うよ。あの、なんていうかな。凄い生地だよ」
「凄い? ……まさか、また買っていただけるのですか?」
「うん」
「あ、ありがとうございます!! あれから両親も喜んで、生産を諦めずに済んだんですよ。すぐに持ってきますね」
マリーヌはすぐに奥に向かって、四反だけを担いで持ってきてくれた。
「それでどれほどお買い求めしていただけるのですか?」
「ちなみにどれくらい在庫があるんだい?」
「うん? 四反では足りませんか? おそらく……在庫は40程はあると思いますが」
40か……一反が50万トルグだから……2000万トルグ分ということだな。手元には1000万。何度も往復するのは構わないんだけど……出来れば一度で済ませたいところだな。
「それを全部買いたいと思っているんだけど、手元には1000万しかないんだ。残金はあとで支払うってことに出来ないだろうか? もちろん、それなりに利子もつけさせてもらうつもりだ」
「全部、ですか?」
全く信じられないといった様子で、マリーヌもぼーっとした感じになってしまった。
正直に言えば、膝の震えを抑えるのに必死だ。
だって、2000万トルグの買い物だ。最近までは100万が大金だったはずだ。
それが……そんなことを考えていると、マリーヌが戻ってきたようだ。
「あ、すいみません。あまりのことで……失礼ですけど、理由を聞いても?」
「実はね。この生地をすごく気に入った人がいてね。その人が大量に欲しがっているんだ」
すこし怪しいかな? 嘘はついていないけど……大丈夫かな?
「……分かりました。ロスティさんはまだ一週間程度の付き合いしかありませんが、信頼できるお方だと思っています。1000万トルグは後払いで大丈夫です。是非とも、生地をよろしくお願いします」
いけた!! 信じられないな。
でも、2000万トルグの買い物をしちゃったよ!!
しかも、1000万は借りている形だ。この商いが失敗したら、どうなるんだ?
ちょっと……ドキドキが止まらなかった。
「あ、ありがとう。それと荷車を貸してもらえないだろうか? さすがにこの数は手で運ぶのは出来ないからね」
「そうですよね。裏にあるので使ってください」
40もの反物を荷車に乗せていると、ミーチャが横で唸っていた。
「2000万……2000万……私の稼ぎの何日分?」
明後日の方向を見ているけど、大丈夫だろうか?
再びトワール商会に向かった。
ミーチャの足取りがフラフラしているけど、なんとか付いてきてくれているようだ。
「こんなに持ってきてくださったんですか」
ライアン店長も量に若干驚いている。それでもさすがは大店の店長。すぐに表情を改めた。
「少し量が多いですけど、買い取りはしてくれますか?」
「もちろんですよ。この生地の売買は我々にも旨味が大きいですから。すぐに買取代金を持ってきますね。ただ、支払いが大きいので白金貨でもかまいませんか?」
白金貨とは金貨の上の通貨だ。一白金貨で1000万トルグに相当する。
「ちなみに、おいくらになるのでしょうか?」
「そうですね。一反物当たりロスティさんの取り分は350万トルグ。今回は40ですから1億4000万トルグとなりますね。白金貨の支払いですと……14枚となりますね」
「1億4000万……そんなに……」
その額を聞いて、呆然としてしまった。
ミーチャなんか、どこかにトリップしているようで、何かをブツブツと呟いていた。
「ロスティさん!! どうしますか?」
ライアン店長の一言で、僕達はどうにか戻ってこれた
「あ、ああ。十枚だけ白金貨で。あとは金貨でお願いします」
「畏まりました。すぐに用意させますね」
もはや袋に入るような量の金貨ではないため、宝箱みたいな箱に金貨を詰めたものを手渡された。
白金貨だけは袋に入れた状態だ。
「今回も良い取引でした。この生地はいつでも持ってきていただければ、今回の価格で買い取らせていただきます。もちろん、王都での価格次第でしょうが、当分は上がる方向だと思いますよ」
ライアン店長からいい話を聞いてから、小躍りをしたくなるほど喜んだが、店前では恥ずかしいので、あとでミーチャと踊ろう。
すぐに生地屋に向かった。
マリーヌはぼーっと座っていた。これが普通なのかな?
「あら。ロスティさんとミーチャさん。どうなさいました?」
「さっきの支払いをしようと思ってね」
買ったのは一時間前だ。
驚くのも無理はないだろうな。
「もう、ですか? 随分と早いんですね。普通は、月締めで来月に支払うというのが多いのですが……当日に来た方は初めてですよ。……たしか、1000万トルグでしたね」
白金貨3枚を差し出した。総支払いは4000万。一反当たり100万トルグだ。
「こんないただけません。倍の値段も頂いたのでは両親に怒られてしまいます」
「いや、この生地のおかげで僕も相当儲けさせてもらった。これはそれに見合うだけの対価だと思う。それで相談なんだが……この生地をもっと作ってもらえないだろうか? もちろん買い取りも一反100万で。どうだろか?」
「えっ? ええっ?」
マリーヌは嬉しそうに了解してくれた。
マリーヌは生地が売れることよりも、生地が認められたことが嬉しかったんだな。
「ありがとうございます。生地はすぐには作れませんが、一月ほど待っていただければ、徐々に増えていくと思います。また、その時にいらっしゃってください。もちろん、それ以外の用でも来てくれてもいいですけど……」
「さぁ、ロスティ。行くわよ!!」
何を怒ってるんだ? ミーチャに押されるように店を後にした。
残金 1億1000万トルグ
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