新スキル編

第13話 魔道具

 ボリの街を前にして、ミーチャが立ち止まった。早く行きたいのに……


「どうしたんだ? ミーチャ。疲れちゃったのか? ボリの街は目の前だ。行こう」


 ミーチャの額に汗が……体調が悪いのか?


「迂闊だったわ。忘れてない? 私達、お尋ね者なのよ。堂々と歩いていたら、捕まえてくださいと言っているようなものじゃない」


「確かに……」


 ミーチャの言うことは尤もだ。ずっと人と遭っていなかったから、すっかり呆けていたな。でも・・・…。


「でも……闇魔法でなんとかなるんじゃないか? 関所の時も誤魔化せたじゃないか」


「ロスティは鬼なの? あんなの常時展開しているなんて無理に決まっているじゃない」


 そういうものだったのか……知らなかった。ってことは……


「街に入れないってこと?」


「困ったわね」


 こんなところで立ち往生を食らうとは……。


 これから新しい生活を始めようとしているのに、自分たちの容姿で躓くとは思っても居なかった。


 髪を染めるか? いや、今すぐ用意するのは難しいな。


「考えてみたら、顔を隠す手段って意外と少ないな」


「そうね」


 静かな時間が流れた。お腹も空いてきたし、どうしたものか……。


「そうだ!! もしかして!!」


 喜色を浮かべながら、ミーチャが急に大声を上げて、僕が持っている鞄を引っ張った。


 急だったもので、鞄の重さで態勢を崩してしまい、ミーチャと重なり合ってしまった。


「きゃっ!! もう……こんな大通りでロスティも大胆なのね」


「いや、ちがっ……」


 でもなぜだろう? 全然離れられない。可怪しい……と思ったらミーチャが手を後ろに回して離れられないようにしている。


 ぐっ……なんて力だ。闇魔法使いにこんな力が……。


 しばらく、そんなことが続いていると通りかかる人から生暖かい視線を感じるようになった。


「あの……ミーチャさん? そろそろ離してくれると……周りの目が」


 ミーチャは静かに僕から離れた。恍惚とした表情がなんとも妖艶だ。


「満足……」


 地面に落ちてしまった鞄を拾い上げた。全く、とんだ目にあったな。それにしてもミーチャはなんで鞄に急に飛びついてきたんだ? この鞄には財宝しか入っていないはず。


 再び、ミーチャはひったくるように鞄を奪い、中を漁っている。……まさか!!

 

「ダメだよ。いくら腹が減っているからって、金属は食べれないんだぞ。ミーチャ」


「ロスティはバカなの? 食べるわけ無いでしょ!! あっ!! あったわ!! これを探していたの」


 ミーチャが取り出したのは、刻印が刻まれた一組の金の指輪だった。


「前に見たことがあるのよ。これで、魔法を封じ込めることが出来るはずよ」


 魔法を封じ込める? つまり、その指輪は魔道具と言われるものなのか? 初めてみたな……たしか、トルリア王国では珍しいものではなかったはず。ミーチャが詳しくても不思議ではないか。


 ちなみに……魔道具は、魔力が封じ込められている魔石を利用する。それに様々な効果を付与して使う道具のことだ。


 魔石っていうのは、空気中の魔素を吸収し、それを魔力に変換する仕組みを持つ石のことだね。


 もっといえば、魔石は永久的に魔力を生み出すわけではないんだ。つまり寿命があるってこと。


 僕が聞いた限りでは、使い続ければ一、二年って精々。高い金を出して、少しの時間しか使えないせいか、普及はほとんどしていないんだ。


 つまり、魔道具は一部の金持ちや貴族たちによって消費されている物ってことだね。


 魔道具は、錬金術師と言われる人達によって作られるものだ。指輪となると魔法に長けた金細工師がいなければならないと聞いたことがある。正直、ナザール公国では逆立ちしたって作れるものではない。


「指輪のタイプは初めて見るな。これだけでも凄い価値がありそうだ」


 魔道具そのものは高価なものから安価なものまで様々だ。さっきも言ったけど二人以上の技術者が必要となる指輪などの装飾品のほとんどは高価なものと分類される。


「当然よ。魔道具は小さければ小さいほど価値が高いもの。この指輪だけでも相当するわよ」

 

 生唾を飲み込む。王家にいたミーチャが言うんだ。想像を遥かに超えるんだろうな。 


「相当ってどれくらいなんだ?」


「相当は……相当よ」


「……分からないなら、分からないと言えばいいのに」


「うるさいわね!! と、とにかく!! これがあれば、なんとかなるかもしれないわ!!」


 誤魔化したよね? まぁいいけどさ。


 とにかく重要なのは、今の状況を脱することだ。でも、この指輪を使ってどうするっていうんだろうか? 


「それをどうするの?」


「もちろん。これに魔法を付与するのよ」


 なぜだろう? ミーチャの言葉に不安しかない。


「出来るの?」


 ミーチャのスキル……闇魔法について何も知らない。幻影魔法や幻覚魔法は見せてもらったが、それ以外は分からない。


「魔道具に魔法を付与するのはそんなに難しくないわよ。魔法を掛けるだけで、魔石はすぐに反応して反射的に魔法を使い始めてくれるわよ」


「へぇ」


 初めて聞くことに、恥ずかしながら感嘆の声を上げてしまった。


「まぁ、見ていなさい」


 自信満々に言うミーチャの仕草を興味津々に見つめた。これから凄いことが起きると勝手に思っていたのだ。


 しかし、一組の指輪にミーチャは呪文を詠唱したと思ったら、呆気なく終わってしまった。


 ミーチャは指輪を自分の指にはめて、もう一つを差し出してきた。


「終わったわよ。指輪をつけている時は私達の姿は周りの人からは別人に見えているはずよ」


「えっ!? もう終わったの?」


 ほんの数秒の出来事だった。半信半疑といった感じで、指輪を受け取った。しかし、どうもサイズが大きすぎて、どの指にも収まりそうにない。


「つければ分かるわよ。そう……左手の薬指に付けなさいね」


 何の疑いもなく、左手の薬指に指輪を嵌めた。


 すると驚くことに、金の指輪が小さくなり、ピッタリのサイズに収まってしまったのだ。


「すごい!! これが魔道具か……」


「ふふっ。これで私達は……」


 ミーチャが僕と同じ指に嵌めた指輪を見せつけるように、手を高々と上げた。


「でも、本当に大丈夫なのか? 僕にはミーチャがいつものミーチャに見えるけど」


「大丈夫よ。この指輪は一対の物だから、お互いには魔法の効果が打ち消しあっちゃうのよ。さあ、行きましょう。お腹が空いたもの」


 やっぱりミーチャもお腹が空いていたんだ。

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