姉の代わりに婚約者に会いに行ったら、待っていたのは兄の代わりに婚約者に会いに来た弟でした

藍生蕗

第1話 代わりの婚約者


 確か十歳年上だと聞いていた。

 二十歳の姉の十歳年上だから、三十歳。

 因みに十五歳の自分とは十五歳違う。倍違う。


 確か相手は年上だと聞いている。

 二十歳だと聞いていたから、自分より四歳上。


 目の前にいるのはどう見ても……


「「子どもじゃない(か)!?」」


 ◇


 お互いの親が、泣き顔で笑ったり落ち込んだりしながら話を詰めている。ついでに腹を割った話までし出して、この婚約をどうしたらいいかと頭を抱えていた。


 それを少しだけ離れた場所から眺めていれば、冷静になるのは当人たちの方が早かった。


 サフィナは嘆息した。


 婚約が嫌で逃げた姉の代用品として両親に引っ立てられてきた。自分にも婚約者がいるのに、だ。

 長らく親しくしていた隣領の伯爵家には、話せば分かるからと、あの時両親は必死だった。そして恐らく相当取り乱していた。


 いくらなんでもそんな理由で婚約破棄をすれば、貴族社会での失墜は免れない。しかも、最も信頼していた家と疎遠になった上でだ。未来は無いに等しい。


 しかし一方で姉の婚約はこの国の予言師からの「お言葉」だ。無碍には出来ない。何故ならこの予言師に、現王が妙に傾倒しているのだ。王のくせに占い好きとかどうなんだろう……。


 そんな理由で今両家は頭を抱えている。

 聞かなくても分かるが、相手の令息もトンズラしたようだ。お互い貴族のくせに何がそんなに気に入らないのか分からないが、責務より愛に生きたいのだそうだ。

 姉は商人と。義兄となる予定だった人は、どうやら使用人と逃げたらしい。平仮名だと字面が一緒だよ、お互いの相手。などと、どうでもいい事に気がつき、はーっと息を吐いた。


「おい、この婚約を無効にするぞ」


 下げた頭の上から、まだ下がりきっていない、少年の声が聞こえて来た。

 頭を上げて首を巡らせれば、先程の代理婚約者がこっちを見ている。


「あら、あなたまだいたの?」


「は? はあああああ!? いるに決まってるだろう! お前だってそうだろうが!」


「そうだけど、嫌ならあなたも逃げればいいのに」


「は?」


 サフィナはふっと息を吐いた。


「正直者は馬鹿を見るだけだもの」


「……」



 ずっと貴族らしく振る舞って来たが、サフィナは平民だった。父が外に産ませた子だったから。

 それを偽り、母の子として育てられた。

 平民の暮らしとは全く違う生活は、きっと恵まれたものだった。だけど……幸せだと感じるよりも、義務感の方が強かった。食事然り、マナー然り、ダンス然り。楽しさなんて感じられ無かった。

 そして婚約。

 とにかく気に入られるようにしなさいと言いつかった。

 だから、サフィナなりに頑張って来たのだ。家の為に、両親の為に。

 それを、こんな形で失うのか……

 自嘲気味に口元が歪む。


「おい、俺の話を聞いているか?」


 その言葉にサフィナはふと顔を上げる。人が折角感傷に浸っているというのに、この子どもは。


「うるさいわよ、ボク。お腹が空いたのなら侍女におやつを貰いなさい」


「誰がボクだ! 俺は十六歳だ!」


「え? 十六? そんなに……」


 その先は人として言ってはいけないような気がしたので、口をつぐむ。だが目の前の子どもはサフィナの言わんとしている事が分かったらしく、顔を真っ赤にして叫んだ。


「誰がチビだ!」

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