1000年に一度だけ生年と年齢を足した数が同じになるカップル
見切り発車P
全文
*
例えばあなたの年齢が25だとしよう。
そしてあなたは、西暦2231年生まれだ。
生年と年齢を足した数(長いので今後「S数」と表記する)は、この場合、2256となる。
S数は通常、一年に1だけ増えていく。
年齢は一年に一回インクリメントするが、生年は変わらないのでそうなる。
そしてわたしは、あなたと同じ、西暦2231年生まれだ。
S数は、同い年同士の間では、共通である。
(誕生日のズレにより1だけ離れることはある)
S数に関するこれらの事実は、あまりに当たり前だと思われるので、今までのところ、議題に上ることは少なかった。
わたし自身、S数について考えるようになったのは、「イルカ」に乗るようになってからのことだった。
*
イルカは見事な流線形をした白い宇宙船だ。
宇宙船が流線形をしているからなんなんだという考えはあるだろうが、
実のところ、この形はシミュレータ上では重要だった。
わたしたちが実証する、「亜光速での生活実験」では、宇宙船はかなりの速度にまだ達するので、
ほんの細かいチリやゴミにぶつかったとき、少しでも受け流せるようにする必要があるのだ。
イルカの目に当たるところに、コックピットがある。
目の位置にコックピットがある意味はなんなんだという意見はあるだろうが、それは正しい。
どっちみち見るのはカメラの映像なので、目の位置にコックピットがあるのは、単なる開発者の発想の問題だ。
ともあれ、わたしはイルカのコックピットで、船長の長話を聞いていた。
「我々の実験には長い年月がかかる。
我々の技術力では亜光速に達するまでに時間がかかるからだ。
そこで、我々は500年かけて光速近くまで加速し、実験を行う。
その後、500年かけて減速し、予定では宇宙ステーション『白3』に到着、ワープで地球に戻る。
すなわち、今度地球に戻れるのは1000年後ということになる」
もちろんこんなことは、船長に言われずとも承知している。
しかし船長はカメラやそれを通した一般市民に向けても分かるスピーチをする必要があるのだ。
しかたないね。
「1000年は長い。
昔から亀は長生きだと言われているが、それでも1000年生きた記録はない。
地球上に生きる生物たちは、様変わりしているだろう。
―人間を除いては」
そう。わたしたち人間は、前前世紀などと比べると非常に長生きできるようになった。
脳をクローンして置き換える技術が発達したためだ。
今現在、わたしたち人間の平均寿命は8700年に達しており、帰結として、ここ百年は事故以外で死者は出ていない。
船長の長話は終わり、休憩時間になった。
発射前の最後の休憩だ。
スマホが鳴っている(スマホは現役だ)。
取ると、彼だった。
「もしもし」
「どうしても行くっていうんだね」
彼は単刀直入に行った。
「当たり前よ。
亜光速での生活に耐えられることが証明できれば、長い寿命と組み合わせて、人類は宇宙を支配できる。
その最前線に、わたしはいたい」
「僕は前線から置いていかれるってわけだ」
「すねないでよ。
亜光速に入るからって、会話は速度が合わなくて難しいけど、テキストベースのやりとりならできる。
置いていくなんてことはないわ」
「そうだね、置いていくというのは間違いだ。
実際には僕が、君を置いていってしまう」
「?
どういう意味?」
「君たちは宇宙船を加速する。
それも光速近くのレベルまでだ。
その加速は君たちの時間の流れを遅くするだろう」
「ああ、納得。
確かにそうね。かつてウラシマ効果と言われていた現象よ」
「君の年齢は25歳、生年は西暦2231年だ、そうだろう?」
「あなたと同じよ」
「この2つを足した値、仮にS数とするが、そいつは今は、2256となる。
そしてこのS数は1年に1だけ上昇する」
「そうね」
「ところが君たちは、我々の1年に1だけ年齢を重ねない。
僕と君のS数は少しずつズレていくんだ、そうだろう?」
「時間が遅くなる状態の実験も、今回の旅のメニューに含まれているからね」
「仮に君が50歳、僕が33歳になったとして―今までどおりの付き合い方ができるだろうか?」
「わたしたちは8700年生きる時代にいるのよ」
「僕たちの思考様式は、100万年前にマンモスを狩っていたころと同じさ」
副船長が何かを告げに来て、スマホを手にしているわたしに気づいた。
「ごめん、用があるから切るわね。
この問題はあとでもう一度話し合いましょう」
「テキストベースでね」
彼は最後までナーバスだった。
わたしには正直、彼の心配がよく理解できなかった。
そして20分後、イルカは発射された。
*
1000年後の地球は、変わっているともいないとも言えた。
技術の発達は、不必要な建設や土木工事を抑制する方向に働いたし、
精神的には、わたしたちはほぼ全員が老人なので、あまり町並みを変える気分にならないのだ。
それでも1000年経つと、多少の変化はあった。
町中に気軽にワープできるポータルが設けられたのも、その一つだ。
地球に戻って初の休暇、わたしはポータルを起動した。
墓地は地球でももっとも変化の緩慢な施設の一つだ。
わたしが管理AIに彼のIDを告げると、AIは道を教えてくれた。
残りの道はせっせと徒歩で歩くことになった。
そう、彼は死んだ。
わたしが旅に出て125年ほど立った頃、地球上でも珍しい死者となったのだ。
それも、自殺で。
彼の享年は150歳。
そして加速することで時の流れを抑えていたわたしは、当時133歳だった。
人類の肉体は、145歳ごろになると特殊な反応をする。
「150病」などと呼ばれる、今世紀の流行語にもなった病気だ。
その結果としての体調不良を、それゆえの苦悩を、わたしは分かち合うことができなかったのだ。
小さな墓にたどり着くと、わたしは手を合わせた。
正しかった彼に、間違っていたわたしが手を合わせても、意味などあるのだろうか?
来た道を再び徒歩で管理センターに戻る。
彼が「S数」という概念を持ち出してきたときのことを思い出した。
彼とわたしのS数は、500年かけてどんどんズレていった。
しかしその後500年かけて減速することで、再び同じS数になるはずだったのだ。
そしてもう一度、一緒に笑い合いたかった。
しかしもう、その機会はない。
死者は年を取らないから。
1000年に一度だけ生年と年齢を足した数が同じになるカップル 見切り発車P @mi_ki_ri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます