第119話 帰りたいと思っているなら
「終わったんかな……」
俺は瓦礫の中に立ち尽くしながら、辺りをぐるりと見回した。サクラやカオルも俺の傍に立って、何とも微妙な表情で首を傾げている。
「まあ、普通のゲームだとこの辺りでスタッフロールかもね」
「実際には新しいクエスト出てるけどにゃ」
二人はそんなことを言いながら、忙しそうに走り回る聖騎士の連中と、浄化が一通り終わって一息ついた聖女様たちの様子を見つめている。
その中の一人の聖女様――ジョゼット様の傍らには、僅かに頬を染めた三峯が立っていて、何やら熱心に話し込んでいるのも見えた。ジョゼット様は終始にこやかに返事をしているようで、だんだん三峯も欲が出てきたのか、どこからかペンらしきものを取り出すとジョゼット様に差し出している。
「サインしてください」
結構遠い位置ではあったけれど、ちょっと意識を集中させるとそんな会話が聞こえる。
ブレない。
この養殖系天使、ブレない。
「え、サイン?」
「紙はないから、この服に!」
多分、今まで言われたことがないのだろう、ジョゼット様は明らかに困惑しているようだったが、ファン心理というかストーカーというか、三峯の情熱に負けてそれに従う彼女。ちょっと同情した。
ミカエルはいつの間にか国王陛下の傍にいて、何やら難しい表情で言い合っている。陛下や王宮騎士団の人たちの鋭い視線が聖騎士連中に向いているから、今後の事後処理のことなんだろうとは予想がつく。
セシリアも、いつの間にか小型化した聖獣を頭の上に乗せながら、いつもより険しい顔で彼らの話を聞いていた。
その頭上では、魔族領に帰っていくのであろうドラゴン。その巨大な姿が小さくなるまで、それほど時間はかからない。
「お前たちはこれからどうすんの?」
身の置き所がないと感じているのは俺たちだけではないようで、ジャックが人間たちから逃げるようにこちらにやってくる。その骸骨の顔が見えてしまっているせいで、やっぱり人間からは敬遠されているように思えた。
「んー、どうしようか」
俺は小さく唸りながら、目の前の死神アバターを見つめた。
ジャックはどう思っているだろうか。
俺が、彼の一番触れられたくないだろう部分を覗いてしまったこと。いくら成り行きだったとはいえ、あれは――見ているだけでつらい光景だった。
それとも、気にしていない?
俺は少しだけ悩んだ後、軽く首を横に振って笑った。
「俺たちは多分、適当にまたクエストやったりしてるだろうけど、ジャックこそどうすんの? 何だか魔族領にずっといたんだろ? 活動拠点は魔族領にすんの?」
「まあな」
彼は軽く頷いて、かりかりと顎を指先で掻いた。「俺の素顔がこれだと、人間の女の子にモテないんだよ。獣人の女の子ならワンチャンあるかなって思うじゃん」
「……なるほど」
やっぱりそれが重要なんだろうか。
俺が複雑な思いを抱きながら唸ると、そこでジャックは少しだけ苦笑した。
「まあ、恋愛だけが重要だとは思ってないよ。ただ俺は、俺の内面を見て好きになってくれる女の子が欲しいだけ」
「うん、解ってるよ」
「お前たちも魔族領にくれば? 猫獣人アバターなんか、酷い目に遭ってない? 人間って、結構差別するじゃん」
ジャックはそう言って、カオルの頭を撫で回す。猫耳が後ろに倒れ、小さな幼女の猫尻尾がぐにぐにと揺れる。
「俺は可愛いから大丈夫にゃ」
「にゃ……?」
奇妙な目で見下ろすジャックと、カオルを背後から抱きしめる魔人サクラ。そこで何かを察したらしいジャックが声を上げて笑った。
「まあいいや。それならそれで、たまには魔族領に遊びにこいよ。俺、適当に遊んでるから」
「マップ移動があるから簡単に行けるしな」
俺も笑う。
っていうか、ジャックはあまりマチルダ・シティには帰らないんだろうか。毎日のログインボーナスはどうしているんだろう。
そういや、シロさんはどうだろうかと視線を彼に向けると、ちょうどマチルダに声をかけているところだった。
気が付けば、マチルダの髪の毛はすっかり黒くなっていて、白い部分が消え失せていた。黒い蛇を食べたから、だろうか? 彼女の気配が随分と強くなっていて、幼女魔王を含む彼らの周りだけ、空気が揺らいでいるように思える。
俺が彼女たちを見つめているのに気づいたらしく、マチルダが手を軽く上げて手招きした。
何だろうか、と俺たちがその方へ歩いていくと、彼女が明るい笑顔で口を開いた。
「わたし、界を渡る魔力も得たことだし、そろそろ日本に帰るわね。だから訊いておくけど、あなたたちは日本に帰りたいと思ってる?」
「……帰れるんですか?」
俺がそっと皆の顔を見回した後、そう訊き返すと、彼女は肩を竦めた。
「少人数なら可能性はある、かも」
「かも?」
「やったことないからね。帰りたいと思ってるなら一緒にきなさい。試してみましょう?」
奇妙な沈黙が降りた。
俺は思わずジョゼット様とずっと話をしている三峯を呼んだ。せっかくの聖女様との交流を邪魔されて不満そうではあったが、重要な話だろうと察してこちらにやってくる彼。
そして、俺はマチルダの言葉を彼に告げる。三峯もまた、変な顔をして黙り込んだ。
一番最初に口を開いたのはジャックだ。
「俺は帰るつもりないよ。帰ってもいいことはない身の上だし」
何となく、彼の言葉は重苦しい響きがあった。まあ、俺には納得できる感じではあったけれど。
「……俺も、いいかな」
三峯も眉根を寄せつつ言葉を吐き出す。「どうせ、向こうに帰っても一人暮らしだし、友人もそんなにいないし」
――いなかったっけ?
俺は少しだけ眉を顰めて考える。大学になら、一緒に飲みに行く友人たちがいたと思う。そんなことを考えていると、三峯は俺の考えを読んだかのように言った。
「お前たちとはこのゲームがあったからそこそこ付き合いがあったけど、それ以外では俺、あんまり友人いないぞ?」
「そう?」
「高校までの友人は全部消えたし」
「え?」
三峯はそこで小さなため息をこぼした。
苦々しいだけのため息。
「俺の母親がさ、俺と付き合いのあった友人に宗教活動というか、布教しまくってさ。皆、俺の家庭がヤバいと知って逃げた。きっと俺、同窓会にも呼ばれないだろうな」
……そうか、と俺は唇を噛む。
信仰の自由がある日本だったけど、押し付けてくるのはちょっと……怖いかもな、と思う。君子危うきに近寄らず。きっと、そう考える人間が多いだろう。
「シロさんは?」
俺はそこで目を彼に向けて訊くと、彼は困ったように笑った。
「……俺は、そこまで……酷い状況じゃないのかもしれない。でも俺、情けないけど本当に弱い人間だから。まだ、帰りたいとは思えないんだよ。それに、最初の村の人たちが気になるし。あそこでのんびりスローライフでもいいかな、と」
「なるほど。ええと、そういや、凛さんは?」
ふと、エルフアバターの彼が死に戻りしてから、もう一時間以上経っているんじゃないかと思い出す。
シロさんと凛さんは二人でセットのような感じがしていた。いつも一緒に活動していたし。
「万が一、凛さんが帰りたいって言ったら……大丈夫ですか?」
俺がそう訊くと、シロさんは苦しそうに顔を歪めた。
「もしそうなら……引き止められないと思ってる。この後、マチルダ・シティに行ってあいつに訊いてくるつもりだけど」
――なるほど。
「ま、難しく考えないで」
暗くなりそうなやり取りに気を遣うように、マチルダは酷く明るく口を挟む。「あなたたちのフォローはこれからもするし。そうだ、あっちに帰ったらあなたたちにアイテムを配るわね?」
「アイテム?」
「SSSレアしか出ないガチャ券とか、もしくはアバターに関するもので、ちょっと役に立つようなものがあったら個別にプレゼントボックスに入るよう、システムをいじっておくから」
酷くあっけらかんと言った彼女は、この場から消える前にこう続けた。
「これからもこの世界を守ってくれるだろうあなたたちを、無下に扱うわけにはいかないわ。全力で、あらゆることで応援するから。そして、また魔力が溜まったらわたしもこちらの様子を見に来るから、急いで結論を出さなくていいわよ。まだ、先は長いんだから」
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