第107話 神殿の地下へ
というわけで、コスプレ再び。
俺は三峯に「変装しとけ」と命令されるままに巫女服をまた着ることになった。
この離宮には俺たちが寝泊まりしている部屋があるから、着替えるのはそこで。
で、何故か俺が使っている部屋にはカオルとサクラも漏れなくついてくる。
サクラは元々、全身真っ黒と言っていい服装だから別に問題はない。
しかし、カオルは暗闇に溶け込みそうな黒い服に着替えさせられている。俺の吸血鬼アバターが着ていたゴスロリファッションみたいな、黒いレースがこれでもかとついたミニスカート。俺、知ってる。こっちの世界に来てから学習した。それ、パニエってやつだろ。もこもこに重ねられてボリュームがあるから、ちょっと激しいアクションしてもパンツが見えないやつ。
しかし、慣れた手つきで幼女を着替えさせていくサクラは凄く嬉しそうだ。鼻歌まで聞こえてくる。
おまわりさんこいつです。誰か男の人呼んで!
そう叫びたくなるほど、やっぱり犯罪臭が漂うぞ、妹よ。
しかし人間、開き直りというのは重要である。変態妹を見て俺が死んだ魚の目をしていたのはほんの数分のことだったと思う。
俺も着替えを済ませねばならない。
うん、俺も女物の服に着替えるのも慣れた。化粧をしなくて済むだけマシか。神殿に住んでる巫女とやらは皆、白粉やら頬紅やら口紅なんかつけていない。
だが、ここで心が折れてはいけないのだ。
というのも、俺以外のマチルダ・シティのユーザーはどこか頭のネジが飛んでるような気がしてならない。このメンバーで言うなら、俺が唯一の常識人。そうとも、誰がなんと言おうとも俺は常識人なのである。
他の奴らの暴走を防ぐのは、きっと俺。
「じゃあとりあえず、サクラ」
俺は着替え終わってから自分の頬を叩き、気合を入れてサクラに向き直る。魔人は少しだけ首を傾げて見せて、その横でカオルが揶揄うように笑った。
「相変わらずアキラは可愛く仕上がってるにゃ」
「それ以上言うなよ。泣くからな」
そんなカオルの軽口を何とか躱して、サクラに言う。「神殿に忍び込む前に、ちょっとお前の魅了を使って情報を引き出してくれ」
「魅了……」
サクラはそこで、『誰に』とは訊かなかった。まあ、予想はしていたようで、凄く厭そうに顔を顰める。
「わたしの魅了は、女の子のために……っていうか、このカオル君にだけ使いたいのに」
カオルを背後から抱きかかえるようにしつつ、そんなことをぶつぶつ呟くサクラを促して、俺はミカエルたちがいるであろう部屋へ向かう。
そう、聖騎士が監禁されている部屋である。
そこには、俺たち以外の全員が集まっていた。
拘束の鎖を解けば暴れ出しそうな聖騎士を前に、死神ジャックが大鎌を突き付けているといった状況。
で、そこで役に立ったのはサクラの魅了である。最後まですげえ厭そうにしていたサクラだったが、聖騎士たちを従順にさせるために頑張ってくれた。
で、その結果。
俺たちは聖騎士たちの名前、階級、神殿内の構造、神殿長やら他の神官の名前やら色々聞き出したわけである。
すっかり大人しくなってくれた聖騎士たちは自分から甲冑を脱いでくれたし、警備の手薄な場所すら教えてくれた。
恐ろしいな、サクラの魅了。
まあ、頬を染めてサクラを見つめるおっさんたちを見る俺たちの心もちょっと修羅場を迎えていたが。
聖騎士たちのリーダーだった男の甲冑を着たのは、アルセーヌだった。他の甲冑はアルト、ジャック、凛さんだった。さすがにシロさんは狼男の頭だし、人間用の甲冑は身に着けることがことができない。
ミカエルとシロさん、エリゼという男性も黒装束。このメンバーの中では、エリゼの戦闘力が低そうなので、さりげなくシロさんが守ってくれるようだ。エリゼは甲冑を着て堂々と動きたかったようだが、それは引き留めておいた。
「とりあえず、できるだけ早く合流するように頑張るけど、無茶は駄目よ?」
セシリアはそう言いながら、皆の顔を見回した。
彼女はまた精霊魔法で陛下のところに行ってくるらしい。増援を頼んでいる間、この子を預かってね、と聖獣を俺に渡してくる。
「無茶なんかしねーよな?」
そう笑ったのはジャックだったが、背中に大鎌を背負うのはよせ。無茶する気満々じゃないか。
「それ、目立つから使うまでアイテムボックスに放り込んどけ」
と彼の肩を叩くと、ちっ、と舌打ちされた。
「凛も無茶するな」
シロさんは少しだけ心配そうに甲冑姿の凛さんを見下ろす。他の皆より細身であることが甲冑姿でも解るからか、確かに一見すると弱そうに見える。
でも、彼は苦笑交じりに言った。
「大丈夫、エルフは逃げ足だけは早いから。シロはエリゼさんをお願い」
まあ、そんなことを言い合った後、俺たちはポチとロクサーヌを離宮に置いて、外に出たのだった。
呪いが解けたミカエルは、見事、やればできる子に変身している。
セシリアと同じように精霊魔法が使えるようになったため、移動は簡単。一度、三峯の喫茶店に全員で飛んでから、店の外に出る。
すっかり深夜と呼べる時間帯だったが、神殿の建物は白く暗闇に浮かび上がっている。
俺が聖獣の小さな躰を抱きしめつつ歩いていると、ミカエルがさりげなく俺の横に立って見下ろしてくる。背後で死神ジャックが「リア充が」と呟いているのも聞こえたが、とりあえず全力でスルーである。
っていうか、何でこんなに緊張感ないんだ。
聖獣ってふわふわで可愛い。大人しいし俺の腕に前足をかけている様子は子犬である。そんなことを考えてミカエルの圧から現実逃避している俺も、人のことを言えた義理ではなかったけれど。
「……おかしいですね」
ほとんど人がこない神殿の裏側に回り、忍び込んだ後の段取りを打ち合わせようとする前にアルセーヌが低く囁いた。「何か変な気配がしませんか?」
そう言った彼は、そっとミカエルの横に並んだ。
ミカエルは目を細めて神殿の建物を見上げていたが、すぐに小さく頷いて見せる。
「厭な気配がするのもそうだが、聖女による防御壁が弱っている気がする」
「防御壁が?」
どうしてだ、と俺が首を傾げると、三峯も困惑したように低く唸ってから口を開く。
「どっちにしろ、俺の必殺技で防御無効になるし。とりあえず、さっさと入るか? どうやら、裏庭を見回ってる聖騎士はいないみたいだ」
「甲冑組は見回りの振りをしていればいいんだろ? 万が一見つかったら、俺たちが囮になる」
ジャックがそう言いながら、首を回してぽきぽきと鳴らす。そして、三峯に視線を投げた。
「で、見回ってる最中に高く売れそうな彫刻とか壺とか絵とかあったら、回収でいいんだよな?」
「おう、慰謝料としていただく」
何の迷いもなく三峯が言ったが、それってただの強盗じゃねーか。
もう突っ込みを入れる元気もないが、俺は彼らを睨んでおいた。
「中庭は聖騎士たちの声が聞こえる。裏庭には誰の足音もしない」
あっさりと神殿の裏庭へと忍び込むことに成功した俺たち。一番聴覚の優れたシロさんがそう言うと、サクラが空を見上げて訊いた。
「神殿の上は?」
「上?」
シロさんが困惑して首を傾げたが、すぐに納得したように苦笑する。「聖騎士は空を飛べないだろう。誰もいない」
「じゃあ、わたしたちは建物の上から見張ってていいかな。何かあったら追いかける」
「りょ」
ジャックが短く反応したが、俺たちより早いだろ、その返事。勝手に返事すんなし。
しかし、大人数で動けば目立つのも当然だし、別れた方が安全だろう。ミカエルたちもその提案に納得したようで、上からの見張りはサクラとカオルに任せることにした。
で、サクラがカオルを抱えた状態で軽く地面を蹴り、あっという間に神殿の建物の上へ。ひらひらと手を振る彼らを見上げた後、俺たちは移動を開始した。
例の階段の方へ。
やっぱり、エリゼはいなくなった妹さんのことがあるせいか、俺たちより浮足立っているように思えた。必要以上に早足になりそうな彼を、シロさんが制止している。
そして、人の気配を上手く避けて神殿の中に入る。
すると、背中がぞわぞわするような感覚が襲ってくる。前に侵入した時よりもずっと激しく、何かが警鐘を鳴らしている。この神殿は危険だと本能が告げている。
「やっぱりおかしいよな」
俺がそう呟いた瞬間、暗い廊下の奥から微かな悲鳴が聞こえた。
足を止めて辺りの気配を窺う。悲鳴は外に届かなかったのか、中庭にいるだろう聖騎士たちが近づいてくる様子はない。
「行きましょうか」
ミカエルが警戒した様子でそう言って、俺の肩に優しく触れた。そして、「血は足りてますか?」と耳打ちしてくる。
「だ、大丈夫」
思わず耳を手で塞いでから、ぎこちなく笑う。
そんな俺をじっと見つめた後、ミカエルは酷く真剣な顔で続けた。
「援軍を待っている時間はなさそうです。ひと暴れすることになるかもしれませんが」
――任せろ。
俺は彼を安心させるためにもニヤリと笑って頷き、悲鳴の聞こえてきた方へ歩き出した。
そして、目の前には暗い穴のような階段。目に見えない瘴気のようなものを感じながら、背後ではジャックが浮かれたように笑っている。
「おーおー、暴れてやんぜ」
前門の虎、後門の狼。
きっと、これがそういう状況だ。
そんなお気楽なことを考えていられたのもここまで。
まず、三峯が階段の瘴気のようなものに向けて、防御無効の必殺技を使ってくれた。だが、効き目はなかったようで舌打ちの音が響く。
「多分、気づかれる」
彼のその言葉に、ミカエルも低く唸る。
その直後、アルセーヌも右手を上げて何か魔術を展開させた。青白い光がそこに弾けたものの、術が完成する前に何かの邪魔が入って壊れてしまう。
しかし、すぐに階段の下から獣の唸り声のようなものと女性の悲鳴が響いて、俺たちは腹を決めて階段を下りることになったのだ。
階段を下りるにつれ、耳鳴りが酷くなる。
そしてそれは、目の前に現われた巨大な扉の前に立つとさらに強くなる。それに、この吐き気を催す匂いは何だ。
いつの間にか、俺の腕の中にいた聖獣が唸りながら床に飛び降りていた。
俺がそっと扉に手を置くと、呆気なくそれは開いていく。
「来客が多い夜のようですね」
そう、誰かの声が響いたけれど。
俺たちは目の前に現われた『それ』に視線を奪われ、息を呑んだのだった。
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