第86話 二人連れの客

 王宮魔術師がどう動くかと話し合った結果がこれである。


「いらっしゃいませ!」

 俺はドアベルがカランと鳴るたび、そちらに満面の笑みを向けてお客さんを迎え入れる。十代後半くらいの、初々しい雰囲気の可愛らしい女の子が二人、そこに立って店内を物珍しそうに見回していた。多分、彼女たちもこの店にサービス満点のイケメン(サクラ)がいるという噂を聞きつけてきたんだろうと思われる。もしくは誰にでも笑顔を向ける偽物天使の三峯か。

「二名様ですか? お好きな席にどうぞ!」

 人間、開き直りというのは重要だ。

 俺は今、三峯に用意されたメイド服を身に着けて、喫茶店の店番をさせられている。どういう接客をすればいいのかは、何となくイメージでこうだろうと思ってやっている。それに、何かあったら笑顔で誤魔化せばいいのだ。

 しかし、ランチ時ということもあって、そこそこお客さんが入ってくる感じだろうか。振りまいている笑顔が引きつりそうな勢い。


 で、店番は俺とポチという、微妙な組み合わせである。

 今日は午前中から、セシリアとミカエルが他の連中を引き連れて神殿観察に行ってしまった。俺も行きたかったのだが、ミカエルと三峯が『気分が悪くなったらどうする』と俺を威圧して、安全そうな店番になったわけだ。

 こうなったら完璧な店番に徹してやろうじゃないか、と心に決めて、『何で俺まで店番に』と渋るポチを「お前も働け!」と脅しているわけだ。


 ポチ――リュカもサクラが着ていたのと同じ、執事服に身を包んでいる。ミカエルの劣化版としか俺には思えないが、女性のお客さんにはそれなりに格好良く見えるらしい。

 さっき入店した二人連れの女の子たちも、リュカを見て頬を赤く染めつつ小声で何かおしゃべりをしていた。


「お前たち、本当に何者なんだよ」

 注文された料理や飲み物を運んで行ったリュカが、どっと疲れたような表情を見せるのはカウンターの中に戻ってきてからだ。この辺りは褒めてやってもいい。慣れないながらも彼は店員らしく振舞おうとしているのだから。

「何が?」

 俺が短く返しながら、カウンターの中で三峯が揃えた器具を一つ一つ確認していると、リュカはそっと苦笑した。

「料理がどこから出てくるのかとか、何かもう……どうでもよくなってきたけどな。それより、お前とミカエルが本当に結婚するのか気になる」

「しないから」

「しないのか」

「多分」

「多分?」

 そんなやりとりは、もうすでにテンプレ化していると思う。リュカも本気で聞きだしたいわけじゃないだろうし、俺も適当に流しておく。リュカはすぐにそんな会話に飽きたらしく、カウンターの中に置いてある椅子に座って、壁に寄りかかって足を組む。

 こいつ、気が付くとすぐに休みやがる。


 そこに、今度は男性の客がドアを開けて入ってきた。

「こんな店があったのか」

「女の子が多いな」

 二人連れの男たちは、どちらも二十代後半といったところだろうか。黒髪と茶髪。飲み屋にいそうな、背中に剣を背負って武骨な感じのする男たちだ。喫茶店には似合わないだろうと思うが、客は客である。

「いらっしゃいませ! よければカウンター席にどうぞ!」

 俺が笑顔でそう声をかけると、二人はぎこちなく笑って頷いた。


「へえ、美味しいな」

「初めて見たぞ、こんな料理」

 カウンター席に座った男たちは、見た目のごつさとは裏腹に気のいい人間なのかもしれない。オムライスを食べながら目元を緩ませる巨体を見つつ、俺は愛想笑いを作って言った。

「お口に合えば何よりです」

「ああ。もしかして、お前がこの店の店長? それとも、そっちで居眠りしてる奴か?」

 黒髪はそう言いながら、口元についたトマトソースをナプキンで拭いた。

 俺はその言葉に横目でリュカを見やり、思わず舌打ちしそうになった。イケメンだから居眠りしていても様にはなっているが、セシリアとミカエルがいないからって気を抜きすぎだろ、こいつ。

「店長は今日は外出中なんです。わたしは店番です」

「へー、若いのにあんた凄いな。結構、客が入るだろ」

 もう片方、茶髪が揶揄うように言った。黒髪は真面目そうだが、茶髪は少しだけチャラさを感じる。さりげなく俺の胸元に目をやるのも――まあ、そこに可愛い膨らみがあるんだから俺だってその見たくなる気持ちはよく解るが。

「そこそこ忙しいですかねー。まあ、この店、凄く立地条件がいいですからお客さんも入りやすいんでしょう」

「ああ、神殿のすぐそばで、人通りも多い。ところで、あんたは彼氏いるの?」

「婚約者持ちです」

「くそ」

 にこりと笑った俺に、茶髪は肩を落として深いため息をついて見せる。その隣で黒髪が呆れたように顔を顰めたが、すぐに俺を見つめて口を開いた。

「それより、ちょっと噂を聞いてな」

「何でしょう」


 なるほど、それが目的か。喫茶店に似つかわしくない二人連れがわざわざやってきたということは、何か考えがあってのこと。


「どうも、神殿の様子がおかしいって噂が流れててな。何か知らないかと思って」

「え?」

 俺が目を細めて黒髪を見つめ返すと、彼は少しだけ慌てたように軽く手を上げた。

「いや、あんたが話したとかは秘密にしておく。それに、こんなことを聞いて回ってるってのが神殿の連中にバレたら俺たちもヤバいしな」


 ……さて、こいつらは何者だろうか。


 そんな考えが表情に出てしまったのかもしれない。黒髪は少しだけ俺を見つめ返した後、表情をさらに引き締め、小声で続けた。


「あんたもここだけの話にしておいてくれないか。あんたは口が堅いか?」

「……わたし、口は堅い方ですし、噂を流せるような友達もいません。というのも、この街に来たばかりなんです。そっちで寝てる男もそうですけど、あまりこの街のことも詳しく知らないと思いますよ?」

 そう返しながら、目の前の二人連れが何を調べているのか気になって仕方なかった。だから、身を乗り出してそっと笑った。

「でも、こういう仕事をしているとお客さんから色々噂は聞きますよねー」

「なるほど」

 黒髪は少しだけ逡巡するかのように沈黙した後、思い切ったように言った。「神殿の様子がおかしいというか、そういう噂があるんだ。それについて、俺たちはちょっと調べていてな」


 調べている?

 探偵……という存在はいないだろうし、勝手に調べているのか、それとも誰か依頼人がいて調べているのか。依頼――だとしたら。


「……もしかして、ギルドの人とかですか?」

「ああ、まあな」

 黒髪は素直に頷いた。初めて会った俺にどこまで話すつもりだろう、こいつ――という不安を感じないわけでもなかったが……そういや、俺は幸運値が高いんだった。目の前の二人連れも、もしかしたらいつもより口が軽くなっている可能性はある。

「実はわたしも、ギルドで薬草採取とかの依頼を受けたりしてました。しかし、こういう依頼を受けることもあるんですねー。何ですか、もしかして依頼主は神殿の人ですかね? 悪い噂を消そうとか?」

「いや、依頼主は違うんだが」

 ぐいぐい攻める俺、ちょっと押され気味の黒髪。

 茶髪は俺たちの会話を黙って聞いていて、少しだけ慌てた様子も見られる。やっぱり、黒髪は話し過ぎているんだろう。

 だから、俺は今までで一番の笑顔を見せる。

 なめんなよ、吸血鬼美少女の笑顔を。しかも俺、ミカエルの血を飲んでから顔色いいし、いかにも健康的な、それでいてミステリアスな美少女である。こんな美少女が笑えば、男どもなんて一発で陥落である。

「まあ、依頼主とかどうでもいいですよね。お金が入ればいいんだし」

「ああ、そうだ」

 黒髪は頷き、ぎこちなく笑う。

「でも、店長も言ってました。神殿の周りで何か事件が起きてそうだって。わたしにはよく解らないんですけど、神殿が仕事をさぼってるんだか何だかで、この街の治安も悪いって。街の人たちは不満を抱えてそうだって言ってましたね」

「ああ、そうなんだよな……」

 黒髪はそこで、頭を抱えてしまった。

「それに、魔族領と戦争とか起きるって噂もありますよね? 戦争とか怖いし、厭ですねー」

 そう言いながら怯えたように肩を震わせる俺。

 俺、女優になれるかもしれない。

 そして、俺は意識して自分の瞳を彼らに近づけるのだ。だってほら、吸血鬼って漫画や小説だと人間を操れたりするじゃないか。もしかしたら俺も――と、一縷の望みをかけたわけだ。暗示とかかけられたらラッキー、という軽いノリで、頭の中で『正直に話せー』と彼らに語り掛けたりする。まさに中二病。

 ――だが。


「戦争は起こさせないとギルド長が言ってる」

 あっさりと茶髪が口を滑らせる。「怖がらなくても大丈夫だから。その……」

 と、そこで茶髪と黒髪の視線が絡む。

 何やら目と目で通じ合うことがあったんだろう、軽く頷き合った後に茶髪が思い切ったように言った。

「今回の依頼というか……その、ギルド長からの話でね? フォルシウスの街を守るために、我々も動かねばならないだろうってことになったんだよ」

「へー」

「それでな」


 と、彼が続けて話してくれたことは。


 フォルシウスの街にいた犯罪者が次々に行方不明になっていること。

 さらに、犯罪者というわけではないけれど、どちらかというと神殿とは敵対しているような立場にいる人間も行方不明になっているということ。

 魔道具の素材を集めるために街の外にある森の奥へ入った人間が、何かに食い荒らされたような死体を大量に見つけたこと。身体の一部にあった入れ墨とかなどから判断するに、行方不明になった犯罪者たちの遺体であること。

 そこは滅多に人が足を踏み入れないような場所。

 でも、地面には荷馬車のような轍が残されていて、死体がどこからか運ばれてきた可能性がある。少なくとも、人間の手によることは間違いがないわけで。


 なかなかヘビーな内容を俺は聞き出して、内心では首を傾げていた。

 本当にそれが神殿の人間がやっているというならば。

 こりゃ本当に、神殿の中で大量殺戮が行われている可能性だってあるんじゃないか?


「それに、巫女が夜中に神殿を抜け出しているっていう噂を聞いた奴もいるんだよ」

「え?」

 ふと俺が我に返ってその声の主である黒髪を見ると、困惑したような双眸がそこにはあった。

「神官も巫女も、もちろん聖女様も論外だが、基本的には勝手に神殿の外に出ることは禁止だ。それなのに、巫女様が男と会っていたっていう噂がある。もしかしたら、犯罪者を殺す実行犯と接触していたっていう可能性も」


 あ、それ、もしかしたら俺ですね?

 コスプレした俺とミカエルとのアレを見ていた人は確かにいたと思うし。

 背中に厭な汗をかきつつ、「ヘーソウナンダー」と笑って見せた。


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