第82話 新しいクエスト

「だって仕事なんだから頑張るでしょ!?」

「それでも浮気にゃ!」

「大丈夫、心も体もわたしはカオル君のものだから! 当然カオル君も」

「俺は違うし!」

「はあ!? 触らせてくれてんじゃん! わたしの腕の中でにゃーにゃー言ってんのは誰だと思って」

「わー! 言うなー!」


 ――何ぞこれ。


 ミカエルが準備中という札の下がった三峯の喫茶店のドアを開け、からんと鈴が鳴るのと同時に、店内から賑やか……というか、騒々しい声が響いた。ミカエルが困惑して足をとめ、俺はそっとその隙に彼の手を振り払おうとしたが、さらに強く握りこまれた。

 ……すげえ、見られたくないんだけど。

 俺が不本意丸出しの顔をしていてもミカエルはそれに気づかず、目の前にやってきた三峯に問いかけている。

「どうしたんです?」

「もう、あの二人は放っておくことに決めました」

 明るく笑う三峯が照れくさそうに頭を掻くが、現在の状況には全然似あっていない。しかも、俺の手がミカエルに繋がれているのを見て『あっ察し』という表情をするのがムカつく。

「とにかく、コーヒー淹れますから」

 三峯は店の奥の大きなテーブルの辺りで言い合っている魔人と猫獣人は放置して、俺たちをカウンター席へと促した。

 ちょうどカウンター席は五つ。

 いつの間にか、一番奥が俺、その隣にミカエル、さらにセシリアとポチとアルトもやってきて席に腰を下ろした。

「もう、あの二人はそろそろ結婚してもいいんじゃないの。獣人の成人って何歳?」

 妙に虚脱したような、眠そうな目つきでセシリアがぶつぶつ言うが、そう言えば獣人って何歳で結婚できるんだろうか。中身は普通にもう結婚できる年齢だが。

「それより、あなたたちも雰囲気いい感じじゃないの。どうだった? プロポーズまでいった? 新居の希望は?」

 彼女がカウンターテーブルに頬杖をついてそう笑っていると、俺たちの前にコーヒーが四つ並べられた。

「いや、それより重要な話があるじゃないですか」

 俺はコーヒーカップに口をつけながら、必死に話をそらした。そらしたというより、忘れていた本題を思い出させてやる。

「神殿の内部のことですよ。三峯、どこまで話した?」

 そう俺の視線がカウンターの中の三峯に向けられると、彼は「俺が見たことは話したよ」と肩を竦めて見せる。それから、不思議そうに俺を見つめ直して首を傾げた。

「体調、どうなった? 大丈夫か?」

「ああ、うん、大丈夫。何だか俺もよく解らないけど、今は気分いい」


 何が原因で気分がよくなったのかは解っている。ミカエルの血を飲んだからだ。


 気分が悪くなったのは多分……。


「質の悪い血の匂いに……酔ったから、じゃないかな」

 俺はそう呟いてから、三峯の困惑した顔を見る。

「質の悪い、って?」

「三峯は解らなかった? あの血の匂い、普通のものじゃなかった。何か……上手く言えないけど……何か混ざってるっていうか」


「厭な噂があるのはご存知ですか?」

 そこに、急に口を挟んできたのはすっかり影の薄くなったアルトだ。彼はずっと静かにコーヒーを飲んでいたが、そっとソーサーにカップを戻して眉根を寄せた。

「フォルシウスの街で、行方不明になっている人間が増えていると」

「行方不明?」

 セシリアもアルトと同じように難しい表情をして見せる。

「はい。ただ、噂程度で済んでいるのは行方不明になっているのが……札付きのごろつきというか、いなくなっても困らない連中だからかもしれませんが」

「ただ、他の街に行っただけかもしれないな」

 ミカエルが慎重にそう言うと、アルトも苦笑して頷いた。

「はい。その可能性もあります。しかし、どちらかというとフォルシウスの治安は悪い方でしょう? ギルドもごろつき連中の取り締まりには甘いところがありますし、他の街と比べて暮らしやすい場所じゃないかと思うんです。だったら、わざわざ縄張りを移動する理由って何でしょうか」

「確かに」

「ちょっと待って。もし、ごろつきを誰かが誘拐しているのだとしたら何をしてるっていうの?」

 セシリアはテーブルを指先でかつかつと叩き、何か考え込む。「その行方不明と神殿の血の匂いとやらをつなぎ合わせれば、ごろつき連中を神殿内で処刑している……とか? そういえば、ギルドの仕事って神殿の連中が割り振るのよね、ここ」

「処刑になるほどの重罪を犯したのであれば可能性はある……か?」

 ミカエルも真剣な表情でセシリアの横顔を見つめている。「犯罪者を捕まえて処刑することで治安を守る、あり得ないことじゃない。しかし、血は穢れとも呼ばれて神官連中には嫌われていると思う。それに、ギルドは処刑場も持っているからそちらに任せればいい。わざわざ神聖とされている神殿内でやることではない」


 でも、それがもしも真相ならおかしくないだろうか。

 俺は首を捻って考える。

「その血の匂いがする場所は防御壁というか、外部の者が侵入できないような凄い仕掛けがあると思うんです。だからつまりそれって、見られたくないものが中にあるってことですよね。犯罪者の死体とかじゃなくて……何か別の」

「はいはい、アキラさーん。ここで色々言ってても解んないじゃん。やっぱり、忍び込むしかないって」

 三峯が呆れたように眉を顰めながら会話に参戦した。でも、軽く首を横に振って躊躇いを見せてもいた。

「ただ、アキラには言った通り、忍び込むなら聖騎士団がいなくなってからの方がいい。でも、俺、思い直してみたんだけどさ。あの血の匂いを嗅いだだけで気分が悪くなるアキラが行動するのはヤバいんじゃねーかな。ぶっ倒れている間に神官に見つかって、その処刑場疑惑のある地下に閉じ込められたらどうすんの? 逃げてこられる自信ある?」

 うう、確かに?

 俺は何とも言えず、視線を宙に彷徨わせた。

 そこでやっと、ずっと沈黙を守っていたポチ――リュカが口を開いた。

「何だかよく解らないんだが質問するけど。何でお前たちがそこまでする必要があるんだ? 王宮魔術師の連中を呼んだら駄目なのか? どうせ王都で暇してるんじゃないのか」

「解った、ちょっと待って」

 セシリアが両手を軽く上げ、俺たちの会話を遮る。「ちょっと、陛下に相談するわ。下手に動くより、王家に動いてもらった方が楽だし安全。リュカの言う通り、王宮魔術師の応援があれば心強いどころか勝手に片づけてくれるかもしれない。だから、アキラちゃんたちは何もしなくていいわ。しばらく保留にしましょ」


 まあ、慎重に動くのは大切なことだ。

 俺はセシリアの言葉に頷いたけれど、気づけば三峯が身を乗り出してきて、俺に小声で囁いた。

「なあ、お前のところ、画面っていうかマチルダ・シティのメッセージウィンドウとかどんな感じになってる?」

「ん?」

「俺、新しいクエストが出ててさ? 神殿の謎を解こう! とか言われてるんだけど」

 そう言われて俺も改めて視界を切り替える。意識しないとメッセージウィンドウやクエスト、アイテムボックスとかも視界に入ってこないから気にしたこともなかった。

 でも、新しいクエストは俺の方は増えていない。

「俺は出てない。報酬とか出てる?」

「ああ。聖女たちの解放とか好感度アップとか出てる。解放って……もしかして今の現状って、ジョゼット様たちは逃げられないように神殿に縛り付けられているってことなんかな、って不安なんだけど」

「クエストの期限は?」

「一年」

「そこそこ長いな」

「クエスト失敗のペナルティとかは……出てないよな?」

 俺が続けて確認すると、三峯はため息をこぼした。

「神殿の弱体化、浄化不全のため大地汚染とか出てる」

「何だそりゃ」

「でもとりあえず、俺もお前たちの手伝いする。断られても勝手についていくから。俺、聖女様のためだったら死ねる」

「死ぬなよ。っていうか、三峯は浄化の旅のストーカーするんだろ?」

「うーん、ジョゼット様が行くなら旅にはついてく。行かないならアキラと行動、これでどうよ」


 どうよ、と言われても。

 まあ、どうせ三峯は勝手にやるんだろうし、ある意味、こちらの仲間に天使アバターがいるのは便利だ。


「それより、今夜はフォルシウスの宿にでも泊まるのか? もう随分遅いけど、明日もここで活動するなら泊まった方が楽だろ」

 三峯が急に辺りを見回しながら言い、店の奥にいる魔人と猫獣人の上で目をとめる。いつの間にか店内が静かになっていると思ったら、前よりヤバいことになっていたようだ。ソファに座ったサクラの膝の上にカオルが乗せられていて、セクハラを受けているような――。

「この店、イメクラとかキャバクラでもないんだけど。あれ、邪魔だから何とかして」

「ごもっとも」

 執事の格好のイケメンとメイド服の猫獣人の絡みだったら、同人誌即売会とかでも売れそうな漫画になりそうである。しかし、実際に目の前でやられるとこれほどいたたまれないものはない。

 本当に申し訳ない。

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