第71話 もれなくついてくるもの
「我が女神、手を」
「拒否します」
「迷子になったらどうするんですか?」
「むしろ別行動でお願いします」
「美味しい屋台の店があるんですよ」
――話聞けやゴルァ!
という、大天使と何の生産性もない会話をした後で、やっぱり街に連れていかれる俺たちである。
サクラもカオルも慣れたせいか、俺と大天使が何を言い合っていようが気にせず、「食べ歩き!」とテンションが上がっている。この世には血も涙も情けも何もないのか!
セシリアにしごかれたせいで、多少へろへろした足取りのリュカは、ずっと不機嫌そうに唇を尖らせていた。男がやっても全く可愛くないしムカつくだけだ。そんな彼の背中をセシリアはばしばし叩き、「たまには屋台もいいわよ!」と笑顔を向けていた。
「……っていうか、ミカエルは……変わりすぎだろう」
俺たちの後ろからついてくるリュカの沈んだ声が聞こえた。
「そう、遅すぎた春かしら。だから、アキラちゃんに手を出したらぶっ飛ばされると思うから気を付けて」
セシリアの能天気な明るい声も響いたが、それは俺の心さえも攻撃するからやめてもらいたい。
俺は今、ミカエルに問答無用で手を引かれていて街の大通りを歩いている。何なんだこれ、なし崩しじゃねえか。一度手をつないだら、もう当然のように手を引いて歩くって何だよ。俺はカオルと違って連行される宇宙人にはなるつもりはないんだよ。
「いや、でも本気で別行動しませんか」
俺はミカエルの顔を見上げてそう言った。すぐ傍にはアルトがいて、明らかに俺たちを警護するかのように辺りに目を配っている。サクラやカオルは俺たちを放置して商店街の店先を次々と覗き込み、お気楽な様子で店員に色々質問しているが……いやいや、ちょっと改めて考えよう。これでいいわけがない。俺たちはここに観光しにきているわけではない。
いいじゃないか、後は家族で水入らずな観光をすれば。
俺は……そうだな、魔族領をこっそり見に行ってこようか。運が良ければ幼女スタイルの魔王に会えるかもしれないし。
それとも、三峯の店を冷やかしにいくか。
「やりたいこともありますし、こうしているのがもったいないというか、時は金なりとよく言うじゃないですか」
「あなたと一緒に過ごせるのは、お金などには代えられないほど貴重なのですよ」
「いや、そういうのもういいんで」
「我が女神」
「でも本当、あなたは生き方を変えないと駄目よ駄目」
後ろから聞こえてくるセシリアの声は、リュカを気遣うような響きがあった。「せっかくいい血筋に生まれたのに、それを生かす道に進まないともったいないじゃない」
「……血筋? そうだな、俺はミカエルとは違う」
けっ、と吐き出すようなそんな台詞の後、リュカが「いて」と続ける。おそらく、セシリアに殴られたんだろう。そっと振り返ると、後頭部を手で押えて不満そうにしているリュカの顔が見えた。
「でもあなたはさ? 王宮から逃げたいからここまで来たんでしょ?」
セシリアは見た目からしてジャンキーな感じのする肉もりもりサンドイッチの屋台の前で足を止め、リュカやアルト、サクラやカオルに渡している。一番喜んでいるのはカオルで、噛みつくのも大変だと思われる分厚さのサンドイッチをあっという間にぺろりである。
あ、俺も食いたい、と思った瞬間にミカエルが買ってくれた。
もしかして餌付けされてないだろうか、俺たちは。
「わたしはいいと思うのよ。あの王妃と離れるのは、あなたの自立性を育ててくれる。一緒にいる限り、あなたは大切にされて安全なのかもしれないけど……きっとあなた、まともな結婚はできないわよ?」
続けてセシリアがそう言うのが聞こえて、俺も思わずサンドイッチを食べながら口を挟んでしまう。
「好きな人ができても潰されそうですね」
俺の母親だったら、絶対にやりそうなこと。いいなあ、と思った女の子がいても、その子の欠点をあげつらうだけの醜さを何度も見てきたし。
「アキラちゃんもそう思うわよね! ほら、普通の子だってそう思うのよ!」
今度は俺の背中がセシリアによって叩かれた。
「王族の結婚なんか、そんなもんだろ。言われた通りの相手と縁をつなぐだけの義務だ」
鼻で嗤うような仕草をしながらも、リュカは暗い目で地面を見下ろした。まあ、色々あったんだろうということは予想がつく。
「第一王子だったらそうかもしれないけど。あの王妃があなたを手放すと思う? まるで、陛下の身代わりみたいな感じであなたを溺愛してるのに? まともな相手とは結婚させないわよ、きっと」
「あんたに何が解る」
「あらあ、積んできた人生経験が違うのよ。解るってば、そのくらい」
くくく、というセシリアの密やかな笑い声が響く。
――しかし、なあ。
溺愛か、と苦々しい思い出が蘇る。思い出とも呼びたくない、俺にとっては黒歴史? いや、黒歴史とも呼びたくない過去。
つい、そこで俺の口を突いて出た言葉が。
「母親に押し倒されないといいですね」
ちょっとだけ、サクラとカオルの気遣うような視線がこちらに向いたのが解る。
セシリアは次の屋台の前で足をとめ、瓶詰のジュースを買って次々と渡していく。アルトは恐縮しきりであるが、そんな彼の背中をばしばし叩くセシリアの豪快さは心地よくもあった。
でも、俺の台詞を聞いたリュカは受け取ったジュースの瓶を持ったまま、すっかり固まってしまっている。
「……押し倒……?」
一気に顔色が青ざめていくリュカ。その様子を見ていると――多分こいつ、心当たりがあるな、と解ってしまうのが残念だ。
「逃げたのは正解じゃないですか? いいと思いますよ」
俺がそう続けて言うと、リュカはまじまじと俺を見つめ直し、「そうか」と眉尻を下げた。
で、何故かミカエルが俺の手を握り直してきた。
「……何ですか」
渋い表情でミカエルを見上げると、情けない顔の大天使がいた。
「いえ、ちょっと寂しくて」
「はあ? 手をつながなくても別に……一緒にいるじゃないですか」
「でも、心が通じていないと距離を感じるのです」
「通じる気もないですけどね」
「我が女神」
そして、彼の手を振りほどこうとする俺と大天使の攻防が始まった。セシリアは生暖かく俺たちを見守るだけだし、アルトは遠くを見たまま視線を合わせないようにしているし、サクラやカオルはこっそり手を握って「ガンバ!」だし。
全くもって、迷惑である!
でも、それからはリュカは少しだけ大人しくなった。街を見て回るのも、不貞腐れることなく色々な質問をしながらセシリアと行動しているし。最初はぎこちなさがあったものの、セシリアがそれをものともしない明るさで吹き飛ばしていくので、だんだん二人の会話はスムーズになっていった。
それを見ていると血が半分しかつながっていないとはいえ、家族なんだな、と思える。
何か、いいなあ、と思ってしまうのは当然だったかもしれない。
俺は昔から『普通の』家族が欲しかったから。送り迎えの時だったり、学校の友達が家族と話をしている光景を見て、自然体で接することのできる彼らを羨んだこともあったし。
自分では自覚していなかったけれど、いいなあ、というのは口に出ていたんだろうか。
「私と結婚すれば、もれなくあの母親がついてきますが」
と、横でミカエルが言うのが聞こえて、むしろお前はいらないんだが、と目を細める。セシリアだけだったら……うん、まあ。
そして、散々飲み食いしたり色々な店を冷かしたりした後、俺たちは離宮に戻った。午後からまたリュカはセシリアと一緒に剣の訓練を始めたが、午前中よりもずっと集中して頑張っていたみたいだ。
何故か俺たちはそれから数日の間、離宮でのんびり、ということになってしまった。離宮にある巨大な図書室で本を読んだり、侍女さんたちが持ってきてくれるお菓子を食べたり。
これでいいのか、と思い始めた辺りで、「さて、初出陣よ!」とセシリアがリュカの肩を叩きながら宣言した。
どうやらとうとう、ギルドで依頼を受けるべく動くらしい。そこそこ動けるようになったかららしいが、一人で活動させるほどセシリアは鬼ではない。彼女も剣を背負って準備を始めている。
「まあ、最初は薬草採取とか簡単なやつからね! でも、魔物が出たら危険だし、皆で行きましょ!」
へー、頑張って欲しいと他人事のように思っていたが、何故か俺たちも同行することになった。まあ、暇だからいいけど、黒フード探しはどうなった?
それに。
当然のように俺の手を握ろうとしてくる大天使をどうにかして欲しい。やっぱり何とかして、大天使に新しい出会いを演出すべきではないだろうか。
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