第50話 ピクニック?

「……何をしているのだ?」

 ドラゴン氏、困惑するの巻。


 俺、こっそりアイテムボックスから出した自白剤(小)をさりげなくサクラに渡すと、妹もそれが何なのか説明が出たんだろう。僅かに目を見開いた後、ニヤリと笑う。いいねえ、話が早い。

「レジャーシートとかあればよかったんだけど、まあ仕方ない」

 俺はぶつぶつ言いながら、一番座りやすそうな場所を選んで皆を手招きする。困惑しているのは大天使ご一行もそうなのだが、眉間に皺を寄せているのはアルトだけで、セシリアは何をするのかと興味津々、ミカエルは素直に従う。

 芝生っぽい草が生えている上に、俺は色々とアイテムボックスから取り出して並べていく。


 マチルダ・シティの中の、俺たちのホームにはレストランがある。そこで作った料理も、アイテムボックスに入っている。アイテムボックスは基本的に時間が停止しているようなので、出した瞬間に作りたての美味しさが楽しめるらしい。便利なことで何よりだ。

 というわけで、俺が出したのはオムライス、エビフライ、ハンバーグ、ステーキといった感じのもの。

 サクラはカツサンド、餃子、チャーハン、コンソメスープにウーロン茶。

 カオルは少し悩んだ後、プリンとアップルパイを並べる。

 ちゃんと皆、皿の上に乗っているし、温かいものは湯気が立ち、冷たいものは冷蔵庫から出したて、といった様子。何故か箸やフォークやスプーンといったカトラリーも自然と出てくるという優しさ付き。

「ここでお昼ご飯にしましょう」

 俺がにこやかにミカエルに言うと、素直な大天使様は驚きながらも頷いて見せる。セシリアは「魔法? え、魔術?」と何もないところから唐突に出現したたくさんの料理に驚いているし、アルトは「見たことのない料理です」と警戒している。


 レストランゲームで、畑でとれた野菜を使って料理を作っていくと、たまに派手な演出とともに『ミラクル発動!』という文字が出てくる。そうすると、普通の料理ではなく、特大料理というものが出来上がるのだ。

 本当にたまにだけれど、ミラクルが発動すれば通常の料理の数倍サイズのものと共に、経験値や販売価格が通常より多くもらえたりする。


 というわけで、俺たちが料理を前に和気あいあいとした雰囲気を出している中、こっそりと俺は特大料理――特大ステーキや特大ハンバーグに自白剤(小)をドラゴンにばれないように振りかけ、そっと地面の上に置いておく。

「よければどうぞー」

 と、無駄に笑顔を振りまきながら。


「え、どこの料理?」

 セシリアがオムライスをじっと見つめながら、地面に腰を下ろしてくつろぎ始める。頭上で寝ていた謎の生物も、僅かに料理の匂いに鼻先を震わせて起き上がっている。

「我々の国の料理です。お口に合えばいいんですが」

 ここでも、俺は笑顔のサービス。

「女神がお作りになったのですか」

 ミカエルは期待に満ちた目でこちらを見て、俺が頷くとさらに溶けるような微笑みを口元に浮かべる。あ、ちょっとそれ以上は厭な予感がするので勘弁して欲しい。

 アルトも連れ二人がすっかり料理を食べる気満々なので、流されるように皆の傍に腰を下ろし、毒見は私が! とでも言いたげな悲壮な顔で早速カツサンドを食べる。そしておそらく美味しかったのだろう、目を見開いて無言で食べ続けた。


「……いや、本当にお前たち人間は何をしておるのだ」

 ドラゴンさんだけが状況についてきていないが、逃がさないから。サクラも心得ていて、ずっと必殺・魅了が発動しっぱなしで、ドラゴンがその場から逃げ出さないだけの空気を作り出していた。

 そうして空中に滞空したままこちらの様子を窺っていた彼だが、やっぱり肉食獣なのか、ステーキに一番反応しているようだった。

 そのドラゴンに笑顔を向けつつ、俺は口を開く。

「人間というのは、素晴らしい光景を見ながら食事をするという習慣を持っているんです。これをピクニックといいます」

「ピクニック……?」

「はい。だって、見てください」

 俺はそこで地面から立ち上がり、両手を広げて崖の前に立った。「広大な自然! 美しい森! 地平線が見える光景! まさに絶景と呼べるじゃないですか!」


 頑張れ俺!

 舞台に立った気分になれ!

 テンションを上げていこう!


「わたしは初めて見ました。この、魔族領という土地を! 人間の住む森よりもずっと力に満ち溢れているように思えます! これを見て、感動しないわけがありません! ここで食事をしたら、素晴らしいと思うのです!」

「……確かに、魔族領は豊かな土地だ」

 ドラゴン氏、俺の勢いに押される。ばさばさと翼を動かして、僅かに躰の向きを変えて崖の下を見下ろしている。

「なるほど、確かに美しいものを見ながらの食事というのは……心地よさそうに思える」

 ちょろいぜ、ドラゴン。


「え、ちょっと、何これ美味しい!」

 背後ではセシリアが何かを食べて感動しているようで、その感動を分け与えようと考えたようだ。こっそり背後を見ると、頭上の生き物を膝の上に下ろし、笑顔で話しかけていた。

「あなたも食べる? 聖獣ってお菓子とか食べたら似合いそうね」


 ――セイジュウって何だ。セシリアは捕まえてきたって言ってたけど、捕まえてはいけなかったやつか?

 そう首を傾げていると、丸い生き物はアップルパイにかぶり付いていて、その可愛らしさを周りに見せつけていた。カオルの可愛らしさに負けていない。


「お前たちは変わっている」

 ドラゴン氏、警戒しながらもゆっくりと崖の上に降り立った。僅かな地響きと、翼をたたむときの突風があったが、小ぶりな躰だからそれほど衝撃はこなかった。

 そしてステーキに鼻先を近づけ、匂いをしっかり厳重に嗅いだ後、ぱくりとかぶり付いた。

「……焼いた肉も美味い」

「でしょう?」

 俺はそこでまた、アイテムボックスから新しい特大ステーキを出して、今度はそのまま彼の前に置いた。

 そして、ぱくり。

 チョロインならぬチョロゴンか? ちょっとゴロが悪いな。


「あなたは魔族領の治安を守っているんですか?」

 俺も皆の前からカツサンドを一切れ奪い、もぐもぐしながらドラゴン氏に問いかける。「先ほど、黒い蛇と戦っているのを見ました」

「ああ、そうだ。我々魔族は皆、役目を持って動いている」

 ドラゴン氏がまた、遠い地面を見下ろして目を細めた。その横顔を見ると、やっぱり凶悪さは見えない。知性のある生き物ってのは、格好いいものだ。

「わたしたちも、黒い蛇と戦っています。厄介ですよね、あれ」

 と、さらに水を向けると、ドラゴン氏は頷いて続けた。

「そうだな。最近は奴らもかなり活発化してきておる。我々も頑張ってはいるが、時々、漏れが発生する」

「漏れ……」


 それはつまり。


「漏れたやつが人間の世界にやってきている、ということですか」

「おそらく、そちらに行っているのだろう」

 そこでドラゴンは俺を見やり、小首を傾げた。「しかし、お前たちも戦っているのか。確かにお前たちは……人間とは思えぬ気配を持っているが……」

「強いんですよ、我々は」

 と、ニヤリと笑って親指を立てるが、俺の手を怪訝そうに見ているから仕草の意味は理解していないようだ。まあ、とりあえず太鼓持ちに徹しようと思う。

「でもまあ、いくら我々が強くても、あなた方には敵わないのでしょうね。先ほどのあなたの戦いを見ても、あの黒い蛇に対してあっという間にやっつけてましたし。我々は倒すのに凄く時間がかかるんですよ。だから、あなた方の強さに憧れます!」

「そうだろうな」

 と、胸を張るドラゴン氏、マジチョロゴン。

「あなたのように強い魔族の方が、たくさんいるのでしょう? 楽勝じゃないですか」

 と、さらに持ち上げておくと、ドラゴン氏の口も滑らかに――ぽろっと言ってくれるわけだ。

「楽勝、ならばいいのだが。我々魔族の力も、王の力に左右されるところがある。我が王はまだ若く、力も弱い。それゆえ、穢れと戦った際にかなりの大怪我を負われてしまったことも痛いのだ。随分と弱体化されてしまったから、これからどうなることかと誰もが不安を抱いておる。先代の王は強かったと聞くが……失ったのは惜しいものだな……」

 そう言った後で、ドラゴン氏がぴくりと躰を震わせた。

 そして、驚いたように俺を見て後ずさる。

「何故、ここまで言ってしまったのだろうな。お前が人間とは違う気配を持っているからだろうか」

「よく言われます」

 薬を盛ったことを疑われないように、にこり、と笑う俺。

 その笑顔の裏で、必死に考える。


 黒い蛇は絶対に倒さねばいけないやつ。

 邪神復活とやらを防ぐには、きっと蛇を倒し続けていかなくてはいけない。そのためには、今の魔族の王とやらに頑張って戦ってもらうのが一番楽。そうすれば、俺たちはむしろ出番なし。マチルダ・シティでのんびりしていても許される。

 うん、そうだろう。

 大怪我というのがどんなものなのか解らないが、弱体化しているというのは問題だ。黒い蛇が魔族領の中で退治しきれず、人間の世界に大量に流れ込んだらとんでもないことになるのは間違いないし。


「じゃあ、効き目があるのかどうか解らないのですが」

 そこで、俺はアイテムボックスから蘇生薬を取り出した。魔族の王様とやらがとんでもなく躰がでかい可能性も考えれば、一本では足りないかもしれない。というわけで、五本ほど取り出して、はた、と動きをとめる。

 五本も渡したとして、ドラゴン氏の前足では持って帰れない。エコバッグのない世界ってマジつらい。アイテムボックスの中にもちょうどいい袋が全くないし。

 仕方ないので、サクラに買ってもらったばかりのマントを脱ぎ、それに包んで彼に差し出した。

「もの凄く効き目の強い傷薬です。もし、使えるようでしたらあなたの王様に使ってください。人間にしか使ったことがないのですが、効き目は保証します。腕の一本や二本、生え変わる勢いで効きますから」

「……会ったばかりで信用できると思うか」

 さすがにチョロゴンさんも疑っていて、俺の手から受け取ろうとはしなかった。まあ、そりゃそうだろうな。それに、もしかしたらそろそろ俺が盛った自白剤の効果も薄れてきたのかもしれない。効き目が(小)だったしな。

「確かに、会ったばかりですものね」

 視線を自分の手に落とし、どうしたものかと考える。

 人間の作った怪しい薬。使うには勇気が必要だろう。

 そこで、背後から援護が飛んできた。サクラの笑顔、魅了ハイパワー付き。

「怪しいと思ったら捨てていいですよ。その薬、人間の世界で売るとしたら戦争が起きちゃうくらい貴重なものなんで、下手にどこかに横流しされても困るんです。だから、いらない場合は魔族領の中で処分してくださいね」

 ウーロン茶を飲みながらのサクラの台詞に、驚いたようにドラゴン氏は息を呑んでから――多分、魅了に負けたんだろう。


「そうか、とりあえず持ち帰ろう」

 彼は完全に疑いを解いたわけではないようだが、そこで目を細めて笑って見せた。

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