第48話 飲み屋での噂話

 何はともあれ、新しい服装に着替えた俺である。

 白いブラウスに茶色のベスト、黒い巻きスカートに黒のスパッツ、ロングブーツ。ちょっと可愛らしい刺繍の入った、フード付きのえんじ色のマント。上手く言えないが、昔ながらの女冒険者っぽい風情になった。

「フードを被った時、髪型はツインテールだと邪魔かな。一つにまとめよう」

 と、サクラが上機嫌で俺の髪をいじり始めた。

 もう好きにしてください状態である。

 吸血鬼ゴスロリアバターでもつけていた太腿用のナイフホルダーはこの服装にも付けられたし、動きやすいし問題はなさそうだ。これなら、悪目立ちすることもなさそうだ。


「俺が思うに、なんだけど」

 俺が椅子に座ってサクラ美容室に任せながら、ベッドの上で転がっているカオルに向けて口を開く。「あの黒い蛇ってのが問題なんだと思う。今まで戦ってきた魔物も、強いやつというかボスみたいなのはみんな、あの黒い蛇が躰に張り付いてた」

「今回は人間に憑りついた、ってことかにゃ」

 カオルは尻尾でぴしぴしとベッドを叩きつつ、低く唸る。「俺たちが戦わなきゃいけないのはその蛇?」

「じゃないかな? 何だかよく解らないけど、憑りついたやつを凶暴化する能力があるとかじゃないかなって思う」

「凶暴化かあ。でもさ、どこから湧いて出るのか解らないわけだよね」

 サクラが俺の背後で困ったように笑う。「手あたり次第戦うのは無理があるよ。スズメバチで言うところの、巣から根絶やしにしないと無理でしょ」

「ああ。どうやったらその巣を探し出せるか、だな……」

 俺が首を傾げると、カオルはベッドから起き上がり、頭を掻きながら笑った。

「魔物がばんばん暴れている場所を探せばいいんだよな? ってことは、情報収集はギルドじゃないかにゃ?」

「でも、わたしたちはギルドの関係者じゃないし、質問したって受付の人が応えてくれるとは思えないけどねー……って、できた」

 サクラが俺の髪の毛を綺麗に編み込んで、邪魔にならないように後頭部でまとめてくれた。部屋に備え付けられている鏡を覗き込んでみれば、なかなかの仕上がりである。

「変装もばっちりだな。ありがとう、サクラ」

 俺が親指を立ててサクラを称えると、彼女も親指を立ててどや顔をして見せた。


「ギルドのそばに飲み屋とかあったら、夜中に遊びに出ようか」

 やがて俺はそう提案してみる。

 ギルドの連中だって人間だし、酒が入れば口が滑らかになる。色々な情報を盗み聞きするにはちょうどいい場所じゃないだろうか。

 それに。

 あのプロレスラーのおっさんも、魔物討伐の時にあの男の顔を見た、とか言っていたはずだ。あの時は仕方なかったとはいえ、俺が殺してしまっただろう相手の顔を思い出す。

 一瞬だけ我に返った時、彼は逃げろと言ってくれた。だからきっと、あの蛇に憑りつかれなければいい人だったんだと思う。

「俺のやった大惨事のその後も知りたいし……」

 生きるか死ぬかの場面、そしてその結果がこうなったとはいえ、どうしても胸の奥が重い。罪悪感とも違う苦々しさ。もしかしたらこんなことが続けば、いつかはこの感覚に鈍くなるのかもしれないが……今はそんな簡単には割り切れない。

 この世界は俺たちにとって甘くはないのだ。


 夜になるまでは、適当に街の中をぶらつくことにした。

 薬屋で傷薬類も買い込んで、目についた食事処で昼食を取る。

 そして、さりげなく大惨事の現場を覗きにいく。何だか、犯罪者は犯行現場に戻る、という推理小説のセオリー通りの行動をしている気がする。

 あれから数時間以上経っていると思うけれど、やっぱりまだどこかざわついた雰囲気があった。崩れた屋根と壁を見上げている職人さんらしき姿を見ると心臓がきりきり痛む。

 しかし、このまま立ち止まっていると俺たちの存在も怪しまれるかもしれない。だから結局、ほとんど情報など得られないままその場を離れることとなった。


「ああ、我が女神!」

 夕方になって俺たちが宿へ戻ると、どことなくハイテンションの王子様が俺たちを出迎えてくれた。「今までの煽情的な服よりもずっと素晴らしいです! 美しいあなたには似合わないものなどないのでしょう。本当に、似合っています!」

 そう言った彼は満面の笑みで、恭しく俺の手をとって手の甲にキスをするかのように唇を近づける。慌てて振り払ったので大丈夫だったが、いつかきっと『やられる』と思った。

 引きつった笑顔を浮かべつつ俺はじりじりと後ずさろうとしたが、さりげなくミカエルは俺の背後に回り、食堂のテーブルへと誘おうとする。勘弁して欲しい。


 だが。


「新しい剣を手に入れたのですか」

 ふと、目に入ったのがミカエルの背中にある美しい剣である。そうやって彼の傍にいたアルトにも目を向けると、彼の背中にもただならぬ輝きと気配を放つ剣が背負われていた。

「そうよー。結構、苦労したわよね」

 セシリアも俺の前に立ったが、その腕の中にいる小さな動物に目を惹かれてしまう。彼女の腕の中で大人しくしているのは、子犬くらいの大きさでもふもふとした銀色の毛皮を持った――何だ、これ。

 丸い瞳は黒く、つぶら過ぎて見ていると心臓が苦しくなる。つやつやした毛並みは、キーホルダーとかでありそうなミンクっぽいイメージ。しかし、純真無垢、存在が無害と思わせる可愛らしさを裏切る、額に突き出た一本の角。ふわふわの前足が、セシリアの腕の上にちょこんと乗っている。

 こっちの世界の動物ってのは可愛いんだなあ、と感心する。

「……可愛い」

 俺がぼそりと呟くと、カオルもサクラも同じようにそれに目を奪われながらも何度も頷く。

「可愛いでしょ? 捕まえてきちゃった」

 ハートマークが飛びそうなほどのセシリアの口調だが、ミカエルもアルトも少しだけドン引きしたように身を引いているのが気にかかる。

「捕まえて……」


 まさか密漁とか、捕まえちゃいけないやつだったりするんじゃないだろうか。絶滅危惧種みたいな?


 俺が目を細めてセシリアを見つめていると、彼女はその小さな生き物を頭の上に乗せて胸を張る。

「大丈夫大丈夫、この子、魔力が弱い人間には見えないから!」


 そういう問題?

 と俺が首を傾げてミカエルを見たが、彼はぎこちなく肩を竦めるだけだ。

 そして、話をそらすように彼は続けた。

「まだ早いですが、夕食をご一緒しませんか? 実は我々、色々あって昼も食事ができていないのです。剣についてもですが、今後のことについてもご相談できればと思うのですが」

 俺は困惑しつつも頷く。

 そして、こちらも説明しなくてはいけないことがあると告げた。だから、せっかくなので食事は宿ではなく、どこかの飲み屋に行ってみようと提案した。


 まだ日が暮れていないとはいえ、ギルドの傍にある飲み屋は込み合っているようだった。出入りする人間の多さから人気店なのだろうと判断して、そこに皆で入店してみる。

 雰囲気的には、ハンバーガーとか出てきそうな古めかしい内装の店である。ごついおっさんたちでもゆったり座れるようにだろうか、テーブル席は広い。カウンター席もほとんど埋まっていて、酒が入っているからか笑い声と話し声が騒々しい。

 そんな、雑多な雰囲気の店の奥のテーブルにつき、俺たちは色々と情報を交換することになったわけだ。


「見つかった死体、魔術師のカールってやつらしいぜ」

 食事を取りながら俺たちがある程度説明を終えると、気になるのは辺りに聞こえてくる雑談である。

 そう、俺たちはこれが聞きたかった。そのためにギルドに近い店を選んだわけなのだから。

「カールってアレだろ、いいとこの貴族のぼっちゃんじゃなかったか? 結構な魔力持ちで将来有望とかいう」

 そんな会話をしているのは、カウンター席に並んで座っている男たちである。

「ああ、そうだったらしいがな……。先日の大掛かりな魔物討伐があったろ? そこでとんでもない大怪我を負ったんだよ。生きてるのが不思議なくらいで、再起不能じゃないかって言われてたんだ」

「それが……夜盗に鞍替えかよ」

「いやいや、動ける状態じゃなかったらしいぞ? それなのに、手当たり次第に人間を襲ってたのは、多分……魔物と契約したんだろうってさ」

「はあ?」

「人間を生贄に捧げる代わりに怪我を治してもらったんじゃないか、とかさ」

「眉唾だろ」


 かっかっか、という笑い声と、酒の入ったジョッキがテーブルに置かれる音。


「いや、眉唾でもそういう話がここのところ、どこでも聞こえてくるんだよ」

 一番の情報通らしい男は、酒に酔って色々と吐き出してくれている。「王都にあるギルドでは、かなり大きく告知が出ているらしい。魔物が凶暴化していることに加えて、人間も魔物に操られて人を殺すことがあるんだってな」

「マジかよ」

「そのうち、ここも危険かもな。かといって、王都に行っても将来はどうなるか解らんし」

「どうしてだ?」

「戦争だよ」

「はあ?」

「魔族領が関わってるって噂も流れてる。もしかしたら、もしかするぞ」


 ――魔族領?


 俺が沈黙したままミカエルたちを見つめると、予想以上に強張った表情の彼らが目に入る。ミカエルもアルトも、どこか苦々し気に唇を噛んでいるし、いつも悠然とした笑顔を絶やさないセシリアでさえ、眉間に皺を寄せていた。


「明日、明るいうちに出かけませんか? 色々説明します」

 やがて、大天使は俺たちの顔を見回してそう言って、それきり黙り込んでしまった。


「そういや、カールを倒したのが凄い美少女だったって噂もあるんだけど」

「それこそ眉唾だろ」

「血迷ったんだろうな。ギルドの高価な剣を壊されて、借金持ちになったとかいうし、きっと借金をうやむやにしようとした言い逃れ……」

 ――おおう。

 そんな噂話を背後に聞きつつ、俺たちは食事を終えて店の外に出たのだった。

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