第45話 魔力の宿った剣

「ギルドと薬屋に行ってみたいな」

 宿の外に出て、さてどこに行くか、と考えてみればやっぱりそこからだろう。これまでで一番大きな街らしいから、ギルドの規模も薬屋に並んでいる商品の種類も多いはずだ。

「そうだね。まずはギルドかなあ」

 サクラが俺の言葉に頷き、俺の横ではカオルが少しだけぎこちなくサクラから逃げようと躰を小さくしているのが見えた。本当に昨夜、何があったんだ。

 とりあえずカオルの猫耳をモフってから、俺たちは気ままに大通りを歩きだした。甘い言葉を吐きまくる大天使がいないというだけで、随分と気楽な散策である。


 この街にはギルドの建物がいくつかあるらしい。

 戦闘、商業、生産。それが簡単な分け方のようだ。

 戦闘ギルドは、いわゆる魔物退治や犯罪者相手に戦う者たちを集めた場所。商業は魔物を倒した時に回収できる魔石や色々な武器や防具の売買、生産はその名の通り、色々なものを作っている職人たちのための場所。

 それを、屋台でドーナツみたいなお菓子を買っている時に売り子の女の子から聞いた。

 木の実の入ったドーナツをかじりながら歩き、目的の場所、戦闘ギルドの建物の前に立つ。


 街の中心部にあるその建物は三階建てで、以前見たユルハのギルドの建物よりも大きかった。ユルハのギルドはおそらく、戦闘も商業も生産も同じ建物内で管理していたのだろう。そう考えれば、この街のギルドの規模がかなり大きいのだろうということは明確だ。

 出入りする人間も多く、特に門番とかもいないらしいから俺たちも中に入ってみることにした。


「何か……テンション上がるね」

 サクラがそわそわしつつ、建物に入ってすぐの大ホールでぐるりと辺りを見回した。さすがに戦闘ギルドというだけあって、見渡す限り筋肉隆々の男ばかり、という残念な眺めではある。

 そんな中で、超絶イケメン魔人、見た目だけは体調悪そうな肌の白い美少女俺、小さな庇護の化身とも言うべき猫獣人は目立った。限りなく目立った。

「ようにいちゃん、可愛いの連れてるじゃねえか」

 という、お約束の言葉を吐く、ガラの悪い男もいた。

「可愛いのは確かだけど、凶暴だから気を付けた方がいいよ」

 ふ、と笑ったサクラは、『特にこれ』と言いたげに俺の肩を叩く。ガラの悪い男が相手でも、サクラは友好的な態度を取る。少なくとも、攻撃されなければ反撃はしないという余裕が見える。それに、イケメン魔人の笑顔は女だけじゃなく男にも有効な働きをしてくれるから、相手のちょっとした敵意もすぐに消えた。さすが俺たちの広報部長。

 そして、俺たちを建物の奥へを促した。

 ギルドの受付らしきカウンターが奥にあり、闘技場と同じようにクエスト、いや依頼が貼り出してある壁もある。

「薬草採取から魔物討伐、うん、お約束でいいねー。これぞ冒険」

 貼り出された紙を見たサクラは、そこに書かれている文字を読む。明らかにこちらの世界の言語だが、俺たちに読めないものはない。

「なあ、アキラ、これ」

 ちょいちょい、とカオルが俺のミニスカートを引っ張って意識を引く。俺が何だ、と彼を見下ろすと、猫獣人のもう片方の手がとある依頼内容を指し示していた。

『賊徒捕縛の依頼』

 そんな見出しと共に書かれているのは、最近、この街で起きている襲撃事件の犯人を捕まえて欲しいという内容だ。

 昼夜問わず、とある男に街の人間が襲われる事件が起きているらしい。被害者となるのは戦闘ギルドに所属しているような強い人間で、それも剣も魔術も使えるような相手ばかり。

 襲われて死んだ者もいれば、運よく生きている者もいる。

 死んだ人間は魔力の高い魔術師が多く、生きている人間は魔力の宿る武器や防具を奪われている。その生き残りの人間に訊くと、犯人は黒装束に身を包んだ男で、何故か魔力といったものに固執しているようだった、との話。


「武器が鎌とは書いてないけどさ、怪しくない?」

 カオルがそう言って、眉間に皺を寄せている。確かに言われてみればそんな気がしないわけでもない。

「こっちの人間とそうでないヤツの見分けがつけばいいんだけどな。この街、でかいから人探しは骨が折れるぞ」

 俺が唸りつつそう言うと、背後から知らない声が降ってきた。

「ねーちゃんみたいな弱っちいのがそんな依頼を受けられんだろ。どけどけ」

 と、鼻で嗤うような雰囲気を纏いながら、俺たちが覗き込んでいた紙を壁から剥がして持って行った男がいた。身長二メートルくらいありそうな、プロレスでもやったら似合いそうな、むっちり筋肉の髭面。

 その男はそのまま受付カウンターに行き、剥がした依頼書を手に何やら話し込んでいる。つい、耳を澄ませて彼らの会話を盗み聞きすると、これからその依頼を果たすために街の中を歩き回るらしいと解る。

「歩き回って出てくるものなのかな?」

 サクラが怪訝そうに首を傾げていると、カウンターに立ったお姉さんが奥から巨大な剣を抱えて戻ってきた。


「この剣には、魔力のこもった魔石がつけられています。この事件の犯人は、どうも魔力や魔石といったものを狙っている可能性がありますから、これをお持ちください。決して、奪われないでくださいね! それ、買ったら金貨百枚以上しますからね!」

 お姉さんは必死の形相でそう言っているから、凄い値打ちものなんだろうと解る。

 それを受け取ったプロレスラーのおっさんは、任せとけ、と胸を叩いて見せたが、もしも敵が俺たちの仲間であれば、無理じゃないかな、というのがこちらの本音である。


「後をつけてみる?」

 サクラがこそりと囁いてきて、俺は少しだけ大男を見つめたまま考えこんだ。


 何か起きそうだな、という直感が働く。


「ああ、後をつけよう」

 俺がそう言うと、サクラもカオルも静かにギルドの出口へと向かう。俺も少しだけ距離を置いて、二人の後を追う。


 でも、何だろう。

 厭な予感もしたのだ。


「俺にとっては楽な仕事だぜ。出てこなければそのままギルドに帰ればいいし、出てきたらぶっ飛ばしてやればいい」

 と、ぶつぶつ言いながら大男は街の大通りを歩いている。その背中には、それまで背負っていた大剣ではなく、ギルドで借りた剣が輝いている。

 彼はしばらく行く当てもなく歩き、屋台でサンドイッチみたいなものを買っている。確かに楽な仕事だろうな、と思う、そんな気楽さ。

「あの剣って値打ちものらしいけど」

 カオルが屋台を羨ましそうに見つつ、通り過ぎながら呟く。「だったら、探し人じゃなくて普通の盗賊とかも狙うんじゃないのかにゃ」


 そう言ったそばから、大男が彼よりもガラの悪そうな男たちに絡まれている。やっぱり背中にある剣狙いらしく、何とか奪おうと複数人がかりで襲ったようだが。

 プロレスラーは思っていた以上に強かった。剣も抜かず、あっさりその男たちを拳で殴り倒し、地面に放置。五分も経っていないその戦いからは、彼が戦闘に慣れているということが見て取れた。


 でもちょっと、それで目立ったようだ。通りすがりの人間たちが、その喧嘩――というより強盗もどきの争いに気づき、小さな悲鳴を上げたり逃げたりしている。さらに、役人を呼べ、と叫んでいる人の姿もある。

 もしかしたら彼もわざと目立つように暴れたのかもしれない。本命の黒装束をおびき寄せるための餌になるために。


「おじさん、凄いねえー」

 彼らの様子を見ていた、屋台の売り子の少年が驚いたように声を上げている。巨大な焼き鳥のような串焼きをプロレスラーに差し出し、にこりと笑う。

「あの男たち、この辺りで厄介者扱いされてる奴らだから気分良かったよ。うちの屋台から金も払わずに勝手に持っていくしさ。だからこれ、いい気分にさせてくれたお礼」

「おう、すまんな!」

 プロレスラーはなかなか気のいい男のようで、にかりと笑って串焼きを受け取り、かぶり付く。そのまま、大通りから外れて路地裏へと消えた。

 別の暴漢を呼び寄せるためにだろうか。わざと人気のない道を選んでいるようだ。


「このまま後をつけるとバレそうだね」

 サクラが困ったように呟き、カオルが串焼きを売っている少年のもとに駆け寄る。少年は獣人を見てぎょっとしたようだが、さすが若くても商売人、笑顔で接客。

「アキラ、買っていい?」

 目を輝かせる猫獣人には敵わない。俺はポケットからお金を取りだした。

 銅貨数枚をカオルに渡しながら、プロレスラーの消えた路地裏へと目をやった。もう、すでに目の届く場所に男の姿はない。ゴミが落ちていたり、腐った野菜などが入った木箱が放置されていたり、一目見ただけでヤバそうな雰囲気がある。

 そこに、俺たち美少女一行が迷い込んだら……後をつけていたというのがバレバレである。俺たちはギルドでおっさんに見られているし、顔バレしている。


 ――でも。


 首の後ろがチリチリする感覚に襲われた。

 俺のこういう時の勘は当たる。危ない目に遭いそうだという予感。


「サクラ、カオル、お前たちは先に帰っていてくれ」

「え、何で?」

「何が起こるんだにゃ?」

 そう問われても、理由が説明できない。俺の勘の良さについては、二人もよく解っているから必要以上には問い詰めてこないけれど。

 ただ解るのは、ここは俺一人で動いた方が後々、楽なんだろうなということだけ。それに、サクラとカオルを勘という曖昧なもので危険な目に遭わせたくない。だったら、下手に関わらない方がいい。三十六計逃げるに如かずというやつ。

 でもおそらく、放っておいたらヤバいと感じるから……今のうちに何とかしないと。

「多分、俺だけの方が上手くいく」

 続けてそう言うと。

「気を付けて」

 サクラは少しだけ困ったように笑った後で、猫獣人の手を引いてその場を離れていく。大通りを観光するような、そんなのんびりとした足取りだが、少しだけこちらを振り向きながら。


 そして俺は、路地裏へと足を延ばした。


 まだ午前中の明るい時間だというのに、どこか薄闇を纏う空間。細い路地を進むと、突き当りにあるのはひび割れた壁。左右に分かれた道があるが、探し人は何となく右だな、と感じた。

 薄汚れた壁と、時折現れる扉。壊れている塀。ジグザグに枝分かれする道。

 その先で、誰かが言っているのが聞こえた。


「俺には魔力が足りない。お前が持っている剣、それを渡せ」

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